バックギャモン
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バックギャモンは基本的に二人で遊ぶボードゲームの一種で、盤上に置かれた各15個の駒すべてをゴールさせる早さを競う。 日本では奈良時代(飛鳥時代との説もある)に伝来し、平安時代より雙六・盤双六の名で流行したが、その後賭博の一種として幕府に禁止され、江戸時代の末に一度廃れている。サイコロを使うため、勝負は純粋な思考力では決まらないが、それでも戦略を必要とするところにこのゲームの醍醐味がある。
現代のバックギャモンは、1920年代にアメリカで発明されたダブリングキューブ(後述)の存在によって、過去のバックギャモンとゲーム性の大きく異なるものになっている。
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[編集] 歴史
バックギャモンの原型は古代エジプトによって遊ばれたセネト(en)と呼ばれる10枡3列の遊戯盤が由来とされている。ツタンカーメン王の墓からもセネトの道具が発掘されている。元々は古代エジプト人にとって最大の関心事であった「死と再生」の過程が盤上に描かれるなど、セネトは単なる遊戯ではなくエジプト神話及び宗教と結びついたものであった。だが、エジプト文明の衰退とともに宗教色が薄れ、エジプト末期王朝には宗教的な絵やヒエログリフが外されていった。これが却ってギリシアやローマに受け入れられていく素地となっていった。
ローマ帝国では改良が加えられて12枡3列となり、タブラ(en)と呼ばれるようになる。5世紀頃に現在のバックギャモンと同じ様に12枡2列となり、中世ヨーロッパで広く遊ばれるようになった。だが、賭博のための遊戯としての色彩が強まるとともにキリスト教的な観点から批判する声も高まり、宗教改革期にはタブラの廃絶運動が起こった。だが、聖俗問わずタブラを好む人が多かったために完全な廃絶には至らなかった。むしろ、トランプやルーレットなどの新たな賭博の出現がタブラを主役から降ろす事になる。17世紀頃からイングランドなどでバックギャモンの呼称で呼ばれる例が出現するようになる。
一方、ギリシア・ローマの影響を受けて、中近東方面でもナルド(Nard)の名前で広がり、中国でも6世紀には双陸(シュアンルー、zh)あるいは陸博(六博、en)の名前で広がった。
日本への伝来は7世紀で、持統天皇の治世に早くも雙六(盤双六)賭博禁止令が出されている(以後の歴史については盤双六を参照のこと)。なお、西洋型のバックギャモンは戦国時代に初めて伝来したが、盤双六に馴染んだ日本人には受け入れられなかったようである。
だが、盤双六は幕末から明治維新にかけて他の賭博に押されて衰退していき、遅くても昭和初期ごろには消滅したとされる。また、明治以後に再伝来したバックギャモンとは歴史的な連続性は無いと考えられている。
一方、ヨーロッパでも20世紀に入ると、衰微の様相を呈していたが、1920年代にアメリカで発明されたダブリングキューブが導入されてゲーム性が高められると、再び盛んになり始めた。今日においてもインド以西のユーラシア大陸全域とアメリカにおいては代表的なボードゲームの一つである。
[編集] ルール概要
[編集] 盤
盤は、24箇所の地点(ポイント)と、一時的にゲームから取り除かれた駒を置く場所(バー)、ゴールからなる。各ポイントは、1から24までの番号を付けて呼ばれる。駒の進行においてゴールに最も近いものが第1ポイント、最も遠いものが第24ポイントである。双方のプレイヤーにとって、駒の進む向きは逆であるため、ポイントの番号も異なるものとなり、例えば自分の第1ポイントは相手の第24ポイントである。
[編集] 駒の配置
各プレイヤーは、第6ポイントに5つ、第8ポイントに3つ、第13ポイントに5つ、第24ポイントに2つの駒を初期配置する。
[編集] 先手の決定
まず、最初に双方が1つずつのサイコロを振り、大きい目が出た方が先手となる。このとき出た目はそのまま先手の最初の出目として使われる。双方が同じ目の場合には再び振りなおす。
[編集] 駒の移動
- 2つのサイコロを振り、出た目の数だけ駒を動かす。同じ駒を2回動かしても、それぞれのサイコロで異なる駒を動かしても構わない。また、どちらのサイコロを先に使っても構わない。
- ゾロ目が出た場合には、通常の2倍(すなわち、ゾロ目となっている数の4回分)駒を動かすことができる。
- 駒は、相手の駒にヒット(後述)される場合を除いて、後戻りできない。
- 移動先のポイントまたは再配置しようとしたポイントに敵の駒が二つ以上存在する場合、そこには移動できない(ブロック)。1つの駒を複数のサイコロで動かすときは、サイコロの目が合計されるのではなく、2回の動きを続けて行うとみなされるところに注意しなくてはならない。例えば3と5の目が出たときに、ある駒の8つ先のポイントが空いていたとしても、3つ先と5つ先がともにブロックされていればその駒は動かせない。
- 敵の駒が1つだけ存在するポイントに駒を移動(再配置)した場合、その駒を一時的にゲームから取り除くことができる(ヒット)。
- ヒットされた駒はバーに移動させる。次回以降の駒移動のサイコロの目を使って、相手の第1~6ポイント(自分の第24~19ポイント)に再配置する。
- バーに駒が残っている間は他の駒を移動できない。
- すべての駒の移動先がブロックされている場合、その回には全く移動できない(特に、バーに駒があり、相手インナーがすべてブロックされている状態をクローズアウトと呼ぶ)。
- ルールに従った移動が可能な限り、サイコロの目を可能な限り多く使わなければならない。目の両方が動かせるが、片方を使った場合に他方が使えない場合には、大きい目で動かさなければならない。
- 駒がゴールするためには、そのプレイヤーの未ゴール駒すべてが第1~6ポイント(インナーボード)になければならない。駒は自分の駒の中で最もゴールへ遠いポイントにいる場合にだけ、必要以上に大きい目を使ってゴールできる。
[編集] 基本的なゲームポイント
ここで言うポイントとは、勝ち点のことである。バックギャモンのゲームのポイントはその勝ち方によって3通りに分かれる。
- 双方がゴールし始めている状態で勝敗が決まった場合、勝者は1ポイントを獲得する。
- 相手方が1つもゴールしていない状態で勝敗が決まった場合、この状態をギャモンと呼び勝者は2ポイントを獲得する。
- ギャモンの状態で負けた側の駒がバーもしくは相手インナーに残っている場合、特にバックギャモンと呼び、勝者は3ポイントを獲得する
ダブル(後述)がなされている場合には、ダブリングキューブが表示する倍率をこれに乗じたものとなる。
競技会ルールでは、5以上の奇数ポイントを統一して設定し、そのポイントを先取した者の勝利としてゲームを行うことが普通である。ただし、ダブルがあるために、一度のゲームで勝敗が決まることもある。
[編集] ダブルおよびダブリングキューブ
手番プレイヤーは、ダブルが可能な場合において、移動のサイコロを振る前にゲームの得点を倍にするダブルを宣言できる。相手プレイヤーは、これを受け入れてゲームを続けるか、即座にゲームを終了して(ダブル前の)ゲーム得点を失うかを判断しなければならない。
ダブルには2つの意義があり、ポイントを2倍にするという意義と、勝負がついているのでゲームを終わらせるという意義がある。
特に後者について、ダブルが導入される以前は、勝敗が完全に確定するまで、優勢な側は単なる作業として、劣勢な側はわずかな逆転の望みに懸けて、ただダイスを振り続けるという実質的にほとんど意味のない行動を双方がしなければならなかった。ダブルの導入は、前述の状況を解消し、ゲームのスピーディー化をもたらしたという意味で重要であり、ダブルがバックギャモンを絶滅から救った、とまで言われるほどである。
双方がダブルをかけていない状態においては、どちらのプレイヤーがかけてもよいが、2回目以降のダブル(リダブル)は前回ダブルを受け入れた側のプレイヤーにだけかける権利がある。お互いにダブルをかけ合った場合、得点率は4倍、8倍、16倍、……と倍々で増加してゆくことになる。
現在の倍率はダブリングキューブと呼ぶ2, 4, 8, 16, 32, 64の記されたサイコロを使って表示し、そのキューブの置かれた位置によって次にダブルをかける権利のあるプレイヤーを示す。初期状態ではキューブは中央に置かれ、また通常のダブリングキューブには1の面がないため、64の面を上にしてその代わりとする。
ダブルを交互にかけ合い続けた場合、理論的には倍率は際限なく上がることになるが、実際にはそこまでダブルをかけ合うほどの連続逆転は起こりがたく、また競技会ルールでの必要得点などの面からもそのようなダブルには意味のないことが多い。128倍以上の高倍率が記された特殊なダブリングキューブも存在するが一般的ではないため、このような倍率が実際に発生した場合には、少なくとも競技者双方にとって紛らわしくないような表示を適宜決める必要がある。
ダブルに関して、25%理論と呼ばれる理論がある。これは、逆転の確率が25%以上ある場合は、ダブルを受け入れた方がよいというものである。
たとえば、逆転確率が25%の全く同じ状況が4回発生したとする。もし、4回ともダブルを受けずに敗北を宣言すると4回とも失点1なので、合計は失点4となる。もし、4回ともダブルを受け入れる場合は4回のうち1回は勝って得点2、残り3回は負けて失点6となり、合計は失点4となる。よって、逆転の確率が25%の場合、失点の合計はダブルを受けても受けなくても変わらない。このため、勝率が50%を超える場合はダブルをかけるほうが有利であり、またダブルをかけられたほうは逆転の可能性が25%を超えるならばダブルを受け入れる方がよいという、興味深い設定となっている。
ただし、これは盤面の特殊な状況(例えば、負ける場合はギャモン負けとなる可能性が高い状態など)を考慮せず、また持ち点が無限にあると仮定した場合の戦略であり、実際にはそのときの盤面や、競技会ルールの場合には現在の持ち点を考慮してダブルの是非を決めることになる。また、ダブルをかけるということは、相手にダブルの権利を与えるということでもあり、これによって戦略上の不利が生じる場合もあるので注意が必要である。
ダブルに関して、以下のような変則ルールが存在する。
- クロフォードルール
- 競技会ルールで、どちらかのプレイヤーが先にマッチポイント(あと1点で勝利を得る状態)になった場合、次の1ゲームに限りダブルをかけられない、というルール。マッチポイントを得たプレイヤーの優位性を保護するためのルールであり、ほとんどの競技会で採用されている。ただし,クロフォードルールは1ゲームに限り適用され、そのゲームが終わると解除され、ダブルをかけることができるようになる。
- オートマチックダブル
- 先手を決める最初のサイコロが双方同じ目となった場合、ダブルの倍率を2倍にしてから振り直す、というルール。先手が決まるまで、同じ目が出続ければさらに倍々となってゆく。上がるのは倍率のみで、最初のダブルをかける権利は変わらず双方にある。競技会では通常採用されない。
- ビーバー
- ダブルをかけられたプレイヤーがこれを受ける際、通常のダブルで受ける以外に、そのさらに2倍の倍率でこれを受けることもできる、というルール。すなわち倍率はダブルをかける前の4倍となり、次のダブルをかける権利はビーバーで受けた側が持つ。前述の25%理論と同様の設定では、双方が勝率を正しく判断しているならばビーバーで受けるべきダブルがかけられることはありえないので、ビーバーで受けるのは主に、相手の勝率計算が誤っていると考えた場合になる。ダブルを相手にビーバーで受けられた場合、ダブルをかけた側が降りることもでき、この場合には通常のダブルによる分の得点をビーバーで受けたプレイヤーが得ることになる。競技会では通常採用されない。
- ジャコビー
- どちらかがダブルをかけていないと、ギャモン勝ちやバックギャモン勝ちの追加得点が認められず、通常の勝利と同様に得点計算を行う、というルール。ダブルをかけて降りられては通常の得点しか得られないため、ギャモン勝ちが見えている場合ダブルをかけずに進行することになり、ダブルの趣旨であるゲームのスピーディー化が果たされないので、このようなギャモンを認めずにさらなるスピードアップを図るためのルール。競技会では通常採用されない。
[編集] 基本的な戦略
基本的なゲーム戦略としては、
- 相手からのヒットを避けながら駒を進めること
- ヒットした相手の駒を再配置させない、または再配置後の移動が困難になるよう自分の駒を移動させることにある。
ただし、サイコロの目によって左右されるため、状況により随時その戦略を変えなくてはならない。そのために以下のような戦略が生み出されている。
- プライミング:プライム(連続して6つのポイントをブロックし、相手の駒を進めないようになった状態)もしくはセミプライムをつくることで相手のバックマンを捉え、相手インナーの防御を壊す。
- ブロッキング:相手インナーに複数のポイントを確保し、ベアリングインしようとするところをヒットする。
- アタッキング:序盤から積極的に相手をヒットし、プライム・クローズアウトにより相手をねじ伏せる。
- バックゲーム:不利な状況において相手インナーの深いポイントを複数確保し、逆転を狙う。
[編集] コンピュータとバックギャモン
ルールがシンプルなこともあり、バックギャモンはコンピュータの黎明期からさまざまなプログラムが作成されている。ネット上での対戦も容易であり、Yahoo!やゲームズグリッドなどが存在しており活発にプレイされている。
バックギャモン解析ソフトウェアの進歩は、バックギャモンの戦略に革命を起こした。
有名なのはSnowieとGnuBackGammonである。Snowie は $380 日本では JBL で 43,000 円で販売されている。GnuBG は無償。
バックギャモンはさいころを使う偶然性があり、ある局面の有利不利、あるいはある局面での動かし方についてその局面から何度もプレイしてみても正確な評価が非常に難しいことがあるが、Variance Reduction という手法を用いて、バックギャモン解析ソフトウェアは非常に精度の高い局面評価、最善手の検索が可能となった。
バックギャモン解析ソフトウェアを使用すると、ある局面の有利不利の評価、最善手が分かるようになる。しかし、何故その局面がそう評価されるのか、何故それが最善手なのかは教えてくれない。教えてくれるのは「この局面の勝率は63%だ」とか、「最善手はこの動かし方で、勝率が3%下がる次善手はこれ」といった情報である。そのため、人間が上達するためには、局面の解析結果から、人間的思考手順を導き出さなければならない。
[編集] 参考文献
- 増川宏一『すごろく ものと人間の文化史79』(法政大学出版局、1995年) ISBN 4-588-20791-1
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク