トラックレーサー
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トラックレーサーとは、トラック競技(トラックレース)用の自転車。ピスト、ピストレーサーと呼ぶこともある。
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[編集] トラック競技
トラック競技とは競輪のように長円形のトラックを周回し競うもの。ピスト競技とも呼ばれる。1000mタイムトライアル(1000mのタイムを競う、女性は500m)、スプリント(スクラッチとも呼ばれ、1000mを2-4人で3回走り先着を競う)、個人追い抜き、団体追い抜き、ポイントレース(中距離:全周回数にいくつかチェックポイントがあり、そこでの先着順にポイントを与え、トータルポイントを競うもの)、マディソン(2人ペアで行うポイントレース)などがある。
詳細はトラックレースを参照
[編集] 構造
基本的にロードバイクよりもシンプルな構造をしている。また競技用自転車としてはトラックレーサーは(トラック競技がなかった時代からの)最も古い形態である。
[編集] フレーム
競輪では鋼材を使用したフレームしか用いられないが、一般的にはカーボンコンポジットやアルミなども用いられる。特に世界選手権ではカーボンフレームが主流となっている。
[編集] 駆動系
トラックレーサーはギアがフリーホイールではなく固定(ハブに小歯車が固定されている)で、走っている間は常にペダルを回さねばならない。幼児用自転車/三輪車と同じである。
[編集] ブレーキ
競技専用であるためブレーキが無い。止まるときはペダルを逆に踏んで止まる(バックを踏むとも言う)ビーチクルーザーなどのコースターブレーキとは違い、タイヤと直結したクランクの回転を止める事で減速及び停止する。
保安部品、特にブレーキ装置を備えないため、そのままでは公道を走ることはできない。街道用としてピストフレームの後方のシート部に板を挟んで取り付けるタイプのブレーキが売られている。しかし、公道を走るためには道路交通法、内閣府令により“前車輪及び後車輪を制動する”とされている為、法律を遵守して公道練習を行うためには大改造が必要となる。(「ケイリン」のCM映像では公道練習用の前後ブレーキ付き車種が登場する)
ブレーキが無い理由は、軽量化や、構造の簡素化による車体故障の防止だけではなく、最接近して争うトラック競技において走行中のブレーキは即接触となり重大な落車事故に繋がりかねないためである(速度は大きく異なるが、オートレースの競走車にブレーキが無いのも同様の理由である)。
[編集] 車輪
トラックレースは屋外の競技場で行う場合もあるが、屋内の板張りトラックで行うため、非常に細い高圧タイヤを使う場合が多い。車輪もトップレベルでは前輪に翼断面を持つカーボンアームホイール、後輪にはディスクホイール[1]を使うことが多い。
国際競技などで使われるものの車軸径は、前9mm、後10mmであるが、競輪では双方とも8mm軸を使う。オーバーロックナット寸法(車輪を車体に止める幅)は、前100mm、後110mm、または120mm(ダブルコグ)である(通常のロードバイクは前100mm、後120-130mm、マウンテンバイクは前100mm、後130-135mmである)。
ダブルコグ(両切り)とは後ろ車輪の両側に歯車(コグ)があるもので、両側に違う大きさの歯車(スプロケット、コグ)を取り付け、車輪を裏返すことでギア比を変えるためである。練習用に、ダブルコグの片方にフリー機構の付いた歯車をつけることがある。古くは片側に2枚をつけられ、必要に応じてチェーン架け替えが出来る物もあった。
[編集] ハンドル
ハンドルは、いわゆるドロップハンドルの一種であるが、ロードバイクのように"長時間乗るため、いろいろな場所を握り、乗る体勢を変えて疲労を防ぐ"という目的ではなく、"ハンドルの下端を握り、最大限の力をペダル、クランクへかける"という目的で使われる。ロードバイクがバーテープというテープ状の滑り止めを巻くのに対し、トラックレーサーは筒状のスリーブをハンドルにかぶせる場合が多い。
ロードバイク用ハンドルが水平部分を持ち「マースバー」と呼ばれるのに対し、トラックレーサー用は水平部がない曲線のみで、「ピストバー」と呼ばれる。また材質もロードバイク用は軽量化のため通常アルミ材が普通であるのに対し、トラックレーサー用は鉄系材料を使用し剛性優先となっている。またDHバーのようなタイムトライアル専用のハンドルを使用することもある。
ステム(ハンドルを車体フォーク部に取り付ける部品)に「天返し」というタイプを使い簡単にハンドル上下をひっくり返せるようにしたものもある。
[編集] その他
1980年代には、前輪を後輪より小さくして極端な前屈姿勢になる事で空気抵抗の低減を狙ったもの(ファニーバイクと呼ばれ、前20-26インチ、後ろ20-30インチなどを使った)が存在したがUCIの競技規定により、現在は使われなくなった。1990年代にはトライアスロン用のDHバー(ダウンヒルの略)と呼ばれるハンドルをトラックレーサーに装備して、またヘルメットの形状を前傾した背中と一線にしたデザインに仕上げ(エアロヘルメット)空気抵抗を減らす試みが登場した。
競輪競技用トラックレーサーには、競技の公正さ担保の為にJKA規格に適合した部品を使用する義務がある。なお、ペダルに関しては全てクリップアンドストラップモデルのみで、ビンディングペダルに規格基準を通過した製品は存在しない。
[編集] 競技以外での利用
詳細は固定ギアを参照
トラックレーサーは速く走るための自転車であるが、固定ギアであるため、ペダルを踏む足で微妙なスピード調整もでき、ゆっくり走る事もできる。
これをファッションとして取り入れたメッセンジャー(自転車で小物の配達を行う運送業)達がニューヨークなどで1970年代後半-1980年代にかけてトラックレーサーの使用を開始し、80年代にはケビン・ベーコン主演で映画化された。
また日本においては2006年頃、ニューヨークで数年間メッセンジャーをしていたとされるデザイナーのMADSAKIが、ブレーキは元より保安部品(ベル、夜間走行時に必要な前照灯、反射器)さえも一切付いていないトラックレーサーで公道を走る(道交法違反である)行為を「魂を磨く」との触れ込みでマスメディアに開陳。これが、落書きを「グラフィティ」と呼んで称揚するなど公徳心とは無縁な、いわゆる「ストリート・カルチャー」の世界で新しい流行として取り入れられた。
これら「メッセンジャー」あるいはメッセンジャー風の違法改造車のベースとして使われるのはもっぱら競輪選手の放出した中古のピストであった[要出典]。その改造も独特で、近年では異常に短く切り詰めたストレートハンドルを装着した物、走行中に足が外れかねないような、トウ・クリップやビンディングのない単なるフラットペダルを装着した物など、極めて危険な改造も広がりを見せている。ブレーキを装着しないことも含めて、こうした危険な改造車に乗る人々への、スポーツ自転車愛好家からの“自分達まで同類と見られる事で更なる法的規制を招く”とする反発は強い。
[編集] 「ブレーキなし。問題なし。」問題
2007年(平成19年)4月9日、ナイキ社はブレーキを装着していないトラックレーサーを抱えた若者たちが公道に立っている写真に「ブレーキなし。問題なし。Just do it!」というコピーを添えた壁面広告を製作し、渋谷パルコの壁面に貼りだした。しかしこの広告が前述の道路交通法違反を誘発するのではないかという苦情が殺到し、翌10日夜には撤去された。
[編集] 注
- ^ 細い金属製スポークを数十本使用して組み上げた一般的なものではなく、ホイールそのものが円盤状になっているもの。スポークの空気抵抗による駆動力損失が発生しない為、横風が無い状態では抜群に有利である。(ふじいのりあき『ロードバイクの科学』スキージャーナル、2008年、26-30ページ