キンシャサ
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キンシャサ (Kinshasa) はコンゴ民主共和国の首都。コンゴの東部を流れるコンゴ川(旧称ザイール川)下流に位置する河港都市。人口778万人(2005年)は、中部アフリカ最大である。コンゴ川をはさんだ対岸は、コンゴ共和国の首都ブラザヴィル。この二つの都市で大都市圏を形成している。お互いの都市は活発な経済活動がある。
旧称レオポルドヴィル (Leopoldville)。1966年、前年に政権を掌握したモブツ・セセ・セコにより現在の地名に改称された。
同じ地域名を国名として持つコンゴ共和国と区別するため、コンゴ民主共和国を首都キンシャサに因んで通称コンゴ・キンシャサと呼ぶことがある。コンゴ共和国は、コンゴ・ブラザヴィルと呼ぶ。同じ論法で正式国名になったのが、ギニアビサウである。
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[編集] 歴史
ベルギー国王レオポルド2世の命で探険を進めていたスタンリーが、1881年に拠点を設けレオポルドヴィルと名付けた。1898年にはマタディ・キンシャサ鉄道が開通し、沿岸部との交通が整備された。1926年には、ボマにかわってベルギー領コンゴの都とされた。1959年には独立を求める暴動が起こり、翌1960年の独立に影響を与えた。独立後、モブツ政権下でキンシャサと改名された。
[編集] 交通
[編集] キンシャサの奇跡
- 1974年10月30日、モハメド・アリがこの地でジョージ・フォアマンに8ラウンドKO勝利し、ボクシング世界ヘビー級王者のタイトルを奪還した。下馬評を覆したこの逆転劇は「キンシャサの奇跡」と呼ばれ、ボクシング史上屈指の名勝負として語り継がれる。アメリカへの衛星中継に合わせた為、現地での試合開始時間は深夜3時頃だった。試合終了直後、激しい雨が降り注いだためもし試合が長引いたのならば15ラウンド(当時)まで続けられなかっただろう。朝靄の中、朝日が差しこんだ試合会場は、神が祝福したかのような光景だったと伝えられる。
しかし2007年5月に報道ではジョージ・フォアマンの告白として、試合前にセコンドから無理やり何か飲料を飲まされた直後から、体調が悪くなり、とても15ラウンド戦える状態ではなくなったといい、本人の推測としてあの試合はやらせだったとしている。
[編集] 人口
人口は8.096.254人(2006年)。アフリカの中ではエジプトのカイロ(7.947.121人、2008年)に匹敵する規模であり、三百万人都市アレクサンドリアやアビジャン(コートジボワールの都市)の倍以上の規模。