顕証寺 (河南町)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
顕証寺 | |
---|---|
顕証寺本堂 |
|
所在地 | 大阪府南河内郡河南町大字大ケ塚106 |
山号 | 近松山 |
宗派 | 浄土真宗本願寺派 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
創建年 | 1573年(元亀3年) |
開基 | 顕如 |
別称 | 大ケ塚御坊 |
顕証寺(けんしょうじ)は、大阪府南河内郡河南町大字大ケ塚にある浄土真宗本願寺派の仏教寺院。山号は近松山。大ケ塚御坊ともいう。 河南町北部、大ケ塚の高台の上に、寺を中心にして周囲に寺内町を形成している。現在もその痕跡をとどめている。
[編集] 歴史
- 大ケ塚寺内町は、鎌倉時代末期、念仏宗第七世法明上人が当地にに念仏道場を開き、布教をはじめたことに端を発する。 南北朝時代や戦国時代には大ケ塚周辺で合戦が繰り広げられたが、そのような状況下で、念仏宗の寺院を中心に寺内町が形成されていく。
- 元亀3年(1573年)本願寺11世顕如上人が、大ケ塚に道場を開基し、大ケ塚総道場と称した。これが現在の大ケ塚御坊顕証寺のはじまりとなる。当時この地は柴田勝家に属し、柴田家の菩提寺とされていた。 のちに豊臣秀吉がこの地に城を築こうとし、寺をとり壊したが、築城は失敗に終わる。
- 正保3年(1645年)、本堂を再建したが、安永9年(1780年)火事で全焼する。
- 寛政6年(1794年)に、現在の本堂が建立された。建築面積584平方メートルの立派なものであり、建築に25年の歳月を要した。
[編集] 行事
「八朔法要」(はっさくほうよう)と「八朔市」(はっさくいち)が伝統行事として顕証寺と寺内町に伝わっている。 元禄年代に、京都御所の皇室から下贈された灯籠人形を本堂に飾ったところ、人々が次々に拝観に訪れため、顕証寺周辺には自然と出店も出るようになり、八朔市が形成され現在に至っている。
- 1月 1日 元旦会
- 4月29日 永代経法要
- 8月15日 盂蘭盆会
- 9月第一土曜日・日曜日 八朔法要
- 10月 7日 報恩講
- 12月31日 除夜会