祥鳳型航空母艦
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祥鳳型航空母艦 | |
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艦級概観 | |
艦種 | 航空母艦 |
艦名 | |
前級 | |
次級 | |
性能諸元 (竣工時) | |
排水量 | 基準:11,200t 公試:13,100t |
全長 | 205.5m |
全幅 | 水線幅:18.0m |
吃水 | 6.64m (公試状態) |
飛行甲板 | 長さ:180.0m x 幅:23.0m エレベーター2基 |
主缶 | ロ号艦本式水管缶(重油専焼)4基 燃料:重油2,320トン |
主機 | 艦本式オール・ギヤード・タービン2基、2軸、52,000馬力 |
速力 | 28 ノット |
航続距離 | 18ノットで7,800海里 |
乗員 | 785名 |
兵装 | 12.7cm40口径連装高角砲4基 25mm連装機銃4基 |
搭載機 | 艦戦18機、艦攻9機 補用3機(艦戦) |
祥鳳型航空母艦(しょうほうがたこうくうぼかん)は大日本帝国海軍の航空母艦。平時は給油艦・潜水母艦であるが、戦時に航空母艦へ改装した。
目次 |
[編集] 概要
ロンドン海軍軍縮条約により、日本海軍は平時における空母保有数に制限が付けられていた。しかし、日本海軍はこの制限を越えて空母を保有しようと検討し、平時は条約制限外の給油艦・潜水母艦であるが、戦時に改装することにより空母となる艦を考案した。改装艦のメリットとして、条約の制限外であるほかに、船体・機関の建造期間の短縮などがある。
この計画に則り、1934年(昭和9年)の海軍軍備補充計画(通称マル2計画)において、剣埼型給油艦2隻(剣埼・高崎)の建造が開始された。両艦とも1935年と1936年に進水したが、1936年にロンドン海軍軍縮条約を脱退したことに伴い、主機の強化やエレベータを設置した潜水母艦への改装が開始された。
剣埼は1939年に潜水母艦として竣工するが、高崎は潜水母艦として竣工することなく1940年に空母改装が開始され、同年12月に空母・瑞鳳として竣工する。剣埼も1941年より空母改装に着手し、1942年1月に空母・祥鳳として竣工した。
空母としての祥鳳型は、排水量1万トンクラスの軽空母である。平甲板型であり、島型艦橋は有していない。ハリケーンバウではなく、低艦舷であり飛行甲板の先端と末端は支柱により支えられている。エレベータは艦の前部と後部に一基ずつ設置されており、煙突は右舷中央部に大型のものが下向きに1本、同じく右舷後部に小型のものが上向きに1本設置されていた。
[編集] 同型艦
- 祥鳳 - 起工、1934年11月。1939年1月、潜水母艦・ 剣埼として竣工。1942年1月、空母・祥鳳として竣工。1942年5月7日、アメリカ軍機の攻撃により戦没。
- 瑞鳳 - 起工、1935年6月。1940年12月、空母・瑞鳳として竣工。1944年10月、アメリカ軍機の攻撃により戦没。
[編集] 参考文献
- 長谷川藤一、軍艦メカニズム図鑑-日本の航空母艦、グランプリ出版、1997年
- 雑誌「丸」編集部、写真|日本の軍艦 第4巻 空母Ⅱ、光人社、1989年
[編集] 関連項目
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正規空母 |
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改造空母 |
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護衛空母 |
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括弧は未成艦 |