神宗 (西夏)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
神宗(しんそう、1163年 - 1226年)は、西夏の第8代皇帝(在位: 1211年 - 1223年)。姓は李、諱は遵頊。襄宗の兄弟の李彦宗の子であるが、桓宗や襄宗よりも年上だったらしい。
襄宗を廃立して即位。モンゴル帝国に帰順した後、金への侵攻を試みるが失敗する。またモンゴルからの派兵要請を拒絶し、モンゴルによる西夏討伐の口実を作り、西夏滅亡の遠因となる。弱体した西夏軍による相次ぐ戦乱により国土は荒廃、民衆には怨嗟の声が満ち満ちたという。モンゴルの第4次西夏遠征が開始されると、息子の李徳旺に譲位。西夏唯一の上皇となった。その2年後の1226年に死去。
|
|