海事代理士
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海事代理士(かいじだいりし)は、海事代理士法に基づき他人の依頼によって、船舶の登記や登録、検査申請、船員に関する労務、その他海事許認可など、海事法に関する法手続を代行することを業とする者である。司法書士や行政書士、社会保険労務士の海事版といえる。徽章のデザインは、法律を表す金色の菊の花弁と、中央に黒地に金色で海事を表すラットがあしらわれている。
ナニワ金融道で登場し知られるようになった資格。ナニワ金融道に登場させたのは、当時ゴーストライター的な立場で同作品のネタ元をしていたカバチタレ!の原作者である田島隆(週刊モーニング誌上での青木雄二談、及びカバチタレ!コミックス7巻以降、原作者プロフィール)。
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[編集] 開業
海運、造船という特殊な業界を限定的に市場とするため独立開業の前提として、封建的で体育会的、閉鎖的にして保守的といわれる同業界独特の体質・気質、慣習を理解、体得しておく必要がある。また、開業にあたっては同業界が閉鎖的な体質を持つため、強い人脈がないと依頼はまず見込めない。この意味で、非常に開業困難な資格種といえる。しかしながら、海運・造船業界に人脈を得て開業している資格者の年収は、開業10年程度の者で700万円~1000万円くらいであることが多い。これは、この資格種が特殊な存在であるため、地域市場における競争原理が働かず独占状態になりやすいからだといわれる。もっとも、古くからの港町では、既存の資格者の事務所が何代にもわたって市場を独占しているため、こういった市場での新規参入は簡単ではない。
[編集] 実務
地域によって主たる受任業務が異なる。関東エリアなどでは登記事案もあるが、瀬戸内海エリアなどでは登記事件は比較的少なく検査申請事件が主な業務となっている。また都会近郊では、小型船舶の海技免状手続も主要業務となる。
海事代理士の受任業務は大きく分けて、(1)登記・海事法務に関する事件、(2)許認可事件、(3)船員労務事件の3分野に分けられる。
このうち、最も法理論と専門性が要求される業務が(1)の登記事件で、受任したものの司法書士に復委任する海事代理士も多い。しかし知識の向上及び法改正(管海官庁から船籍港を管轄する法務局へ登記の嘱託(一部))により、司法書士への復委任は減少傾向にある。また登記事件に関係して、破産会社所有の船舶の移転登記や、差押船舶の開放による移転登記、船舶をめぐる民事訴訟での弁護士補佐といった案件を依頼される場合もある。カバチタレ原作者の田島隆氏が開拓したといわれる海事法務分野である。海事法務分野では弁護士と連携することが多く、民事法や商事法、訴訟法、民事執行法、倒産法といった一般法務にかかる高度な専門知識が要求される。
(2)の許認可は、海事代理士固有の業務で検査申請や海技免状にかかる業務が該当する。またクルーズ事業の許可申請や中古船舶の海外への輸出許可といった依頼もある。事案が多岐にわたるため、必要に応じて行政書士や税理士と連携をとることもある。
(3)の船員労務については、主として雇入や雇止めの手続きや給与計算といった単純事務を依頼されることが多い。しかしながら、船員就業規則や船員賃金規程等の立案作成を受任することもあり、この場合には隣接職域を持つ社会保険労務士と連携して処理をすることも多い。こういった案件では労働法・年金法一般についての専門知識が必要となる。
[編集] 海事代理士と他士業との職域の法的競合
内航海運業法及び船員職業安定法に基づく諸手続は、従前は行政書士の独占業務であったが、近年の海事代理士法改正によって海事代理士の独占業務へと変更された(但し、経過措置により当面は行政書士との共管業務)。
船舶登記について、海事代理士の独占業務だとする見解があるが、この点司法書士は船舶登記を業として行えるとするのが、国土交通省・法務省の見解である(旧運輸省回答・登記研究)。
司法書士は、船舶登記に付随して船舶登録申請を行うことはできない(登記研究)。
海事代理士は、手続制度が船舶登記と類似する不動産登記手続を業として行うことはできない(登記研究)。
[編集] 受験資格
誰でも受験可能である。ただし、試験に合格しても海事代理士法第3条に定める欠格事由に該当する者は海事代理士になることはできない。
[編集] 試験
試験は、筆記試験と口述試験とから成る。
筆記試験は9月下旬頃の1日間、小樽市、仙台市、横浜市、新潟市、名古屋市、大阪市、神戸市、広島市、高松市、福岡市、那覇市で行われる。口述試験は筆記試験の合格者について実施され、11月下旬頃、1日~2日間東京都の国土交通省で行われる。
[編集] 試験傾向
- 合格率
- 例年40%前後。(司法書士や行政書士などが多く受験するので合格率は高め)
- 合格基準
- 合格基準は、筆記については総合点が6割以上、かつ受験者の平均点以上。口述は6割以上の得点。
- 出題形式
- 筆記試験は、正誤選択、語群選択、短答式(空欄補充・小記述)からなる。
- 口述試験は4科目あり、それぞれテーマにそって試験官が一問一答で質問し、それに答える形式。(制限時間あり)
近年は、各法令の細部にわたって質問が言及され、難関化傾向。
- 筆記試験、口述試験ともにあやふやな知識では合格は難しいだろう。
- 出題比率
- 筆記は正誤選択問題と語群選択問題で、出題数の約半数を占め、残りが短答式となっている。
- 問題の傾向
- 基本的に条文の記憶を問う問題が多い。一般法律科目については、判例や理論を問う問題も含まれるが、基礎的な判例や基本理論が出題される。専門科目では、主として条文の理解よりも正確な記憶が要求される。また、制度の理解を問う問題も出題されることがあるが、これも深い理解を要求するものではなく、概要を問うものである(本試験過去問より/国交省公表)。口述試験は、基本的に筆記試験と同じ範囲から問われる。出題傾向は筆記試験とほぼ一緒で条文の正確な記憶ができていれば問題はない。なお、口述という独特の緊張感に耐える練習や専門用語の読み方の正誤などを押さえるという作業は当然必要である。
- 難易度
- 深い理論が問われたり、法理論の応用問題や論点問題といった、いわゆる考える問題は出題されないので、試験問題そのもの難易度は高いとはいえない(本試験過去問より/国交省公表)。ただし、要求される暗記量はかなりの量となり、相応の勉強量が必要となる。また、海事という特殊な業界に特化した資格である上、試験対策本や受験指導校等が極めて少ない。受験環境上のインフラが整っていないため独学するしかなく、その意味で大変な試験である。総合的に評価をすれば、司法書士試験や近年の行政書士試験のように難易度の高い試験ではないが(法務省・行政書士試験センター公表の両資格本試験過去問/国交省公表の海事代理士本試験過去問より)、合格率からみるほど簡単な試験ではないといえるだろう。合格までの期間は、法律の純粋未習者であれば1年程度は必要と考えるのが順当である。年輩者等で暗記が苦手な者であれば、1年から2年は必要と考えられる。この点、他の難易度の高い法律資格の受験等で法律を学んだことのある者であれば、口述を含め、4ヶ月から6ヶ月程度での短期合格も可能だろう。
[編集] 試験科目
[編集] 一次試験 (筆記)
一般法律常識(概括的問題)
海事法令(専門的問題)
- 国土交通省設置法
- 船員法
- 船員職業安定法
- 船舶職員及び小型船舶操縦者法
- 海上運送法
- 港湾運送事業法
- 内航海運業法
- 港則法
- 海上交通安全法
- 海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律
- 船舶法
- 船舶安全法
- 船舶のトン数の測度に関する法律
- 造船法
- 国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律及びこれらの法律に基づく命令
- 試験時間
- 09:00~10:40 憲法、民法、海商法、国土交通省設置法
- 10:50~12:00 船員法、船員職業安定法、船舶職員及び小型船舶操縦者法
- 13:00~15:00 海上運送法、港湾運送事業法、内航海運業法、港則法、海上交通安全法、海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律
- 15:10~17:10 船舶法、船舶安全法、船舶のトン数の測度に関する法律、造船法、国際航海船舶及び国際港湾施設の保安の確保等に関する法律及びこれらの法律に基づく命令
[編集] 二次試験 (口述)
海事法令
- 船舶法
- 船舶安全法
- 船員法
- 船舶職員及び小型船舶操縦者法