水軒駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
水軒駅 | |
---|---|
すいけん - SUIKEN | |
◄和歌山港 (2.6km)
(-km) -►
|
|
所属事業者 | 南海電気鉄道 |
所属路線 | ■和歌山港線 |
キロ程 | 5.4km(和歌山市起点) |
所在地 | 和歌山県和歌山市西浜 |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
開業年月日 | 1971年(昭和46年)3月6日 |
廃止年月日 | 2002年(平成14年)5月26日 |
備考 | 無人駅 |
水軒駅(すいけんえき)は、かつて和歌山県和歌山市西浜にあった南海電気鉄道和歌山港線の駅。2002年に廃駅となった。
目次 |
[編集] 概要
木材輸送を目的に和歌山県が建設した和歌山港線の終点駅。1971年に南海電気鉄道の駅として開業したものの既にトラック輸送に切り替えられており、2002年に廃止されるまで一度も木材輸送貨物列車が走ることはなかった。旅客列車は和歌山市駅から和歌山港駅までは難波駅と直通する特急・急行を含め多数運転があるものの、水軒駅まで運転される列車は開業当初から和歌山市駅からの1日2往復(朝と昼過ぎ)しかなかった。
[編集] 駅構造
営業当時の水軒駅は1面1線のホームのみの無人駅。駅舎はなく便所小屋(男女共用の汲み取り式)が唯一の建物であった。
当初は木材輸送を目的とした駅だったため、構内に荷役作業用の側線が設けられていた。この側線が、貴志川線で最後の活躍をしていた1201形を廃車解体する時に使われた。
[編集] 駅周辺
西側一帯は和歌山南港が広がる臨海地帯。和歌山港駅方面に進むと貯木場、和歌山市中央卸売市場がある。
東側に目を転じると、県指定の史跡水軒堤防が和歌山港駅方面へ約1.6km延びており、この堤防に沿う形で線路が設置されていた。また、東側一帯は田畑と宅地が広がっているが、ターミナルの和歌山市駅へは並行する和歌山バスの便が良く、住民は専らバスを利用していた。
駅近くには紀州徳川家十代藩主徳川治寶の別邸だった庭園養翠園をはじめ、景勝地として知られる雑賀崎、和歌浦、新和歌浦などの観光地が控えている。しかし、1日2往復しかない列車で訪れる観光客は全くと言っていいほどいなかった。
[編集] 歴史
- 1971年(昭和46年)3月6日 開業。
- 2002年(平成14年)2月12日 和歌山港駅~水軒駅間鉄道事業廃止届出書提出。
- 2002年(平成14年)5月25日 さよならイベント開催。
- 2002年(平成14年)5月26日 営業廃止。
[編集] 廃止までの経緯
当駅の1日あたりの平均乗降人数は開業以来数人だった。一度開業した以上、有効に活用されぬまま廃線にすると投入した税金の責任を問われかねないため、1日2往復という必要最小限の運行が続けられた。南海側も2往復ならたいした赤字にはならなかった。その後、和歌山港~水軒間にあった踏切の道路幅が狭く、住民から改良を求められたことを口実に廃止案が練られ、和歌山県議会の同意を得て廃止された。結局、水軒延長の責任は誰も問われず幕引きがなされたことになる。
2002年5月には「さよなら水軒駅」イベントが行なわれ、同年4月には難波から水軒まで10000系特急型電車による臨時特急が運転された。5月25日の営業最終日は臨時列車が多数運転され、最終列車では乗務員への花束贈呈も行なわれた。
[編集] 隣の駅
- 和歌山港線
- 普通
- 和歌山港駅 - 水軒駅