棚卸資産
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棚卸資産(たなおろししさん)は会計用語の一つで、通常の事業での販売目的に保有される有形の資産を指す。
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[編集] 概要
他社から原材料を購入して自社で加工した上で販売するという企業を考えれば、原材料、仕掛品・半完成品、完成品など常に何らかの棚卸資産を保有しており、工業製品を製造する企業だけでなく、不動産会社では土地が、証券会社では有価証券が棚卸資産として保有されているなど、該当する業種は多岐に渡る。
財務会計の見地では、棚卸資産は各会計期間ごとの財務諸表上の資産の部の流動資産の一つとして適切に集計されなければならず、管理会計においても、この動向は不良在庫の増減を判断するために経営者はぜひ知らなければならない情報である。
[編集] 企業会計における棚卸資産の扱い
企業会計において棚卸資産の評価額はその企業の財務状態を示す重要な情報であるが、その多くが時間と共に価値が変化する性質を持ち、過去に購入した多種多様な品々で構成される棚卸資産の現在価値を出来るだけ正しく合理的に評価するために、いくつかの異なる方法が考案されている。
また、棚卸資産の取得原価(Inventory cost)には商品の仕入価格だけでなく取得に要するすべての費用が含まれる。具体的には、仕入価格(Purchase price of Merchamdise)、運賃(Freight-in)、倉庫代(Warehousing)、保険料(Insurance)などである。
棚卸資産の取得原価の計算は、個数×取得単価=棚卸資産の取得原価として求められる。概念としては、保有する商品(Merchandise)と販売された商品のそれぞれの細かな品目ごとにこれらの計算が行なわれ、積算されることで厳密な棚卸資産の取得原価が求められるが、商品数が膨大でこういった記録と計算の実行が現実的でない場合が多く、合理的な範囲での簡略化が正式な手法として規定されている。
原則として一度採用された評価方法は正当な理由がない限り変更してはならず、毎期に同じものが使用されることが求められる。これは、評価方法によって当期純利益(Net Income)が変わってくるために意図的な利益操作を防ぐためや、長期の企業成績を一覧する比較可能性(Comparability)が損なわれるためである。
[編集] 評価基準
棚卸資産の評価基準として3つの方法がある。
- 低価法:原価と時価のいずれか低いほうで評価する方法(種類別個別基準、グループ別個別基準、一括基準)
- 切り放し法
- 洗い替え法
- 原価法:購入原価、または製造原価で評価する方法
- 時価法:時価で評価する方法
[編集] 評価方法
評価方法(Inventory valuation methods)として次の方法がある。
- 個別法(Specific identification method)
- 総平均法(Weighted-Average method)
- 先入先出法(First-in, First-out method)
- 後入先出法(Last-in, First-out method)
- 移動平均法(Moving-average method)
- 最終仕入原価法
- 売価還元法
- 売価還元平均原価法
- 売価還元低価法
- 総利益法(Gross Profit method)
- ドル価値後入先出法(Dollar-Value LIFO)
[編集] 日本での採用状況
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[編集] 具体的方法
[編集] 個別法
個別法(Specific identification method)では、棚卸資産の原価を個別に評価する。
販売目的で購入した商品が期末に売れ残った場合に、あらかじめ記録しておいた1つ1つ個別商品の購入単価によって売上原価(Cost of Goods Sold)と期末棚卸資産(Ending Inventory)を評価する。高価な商品が少数ある場合に有効な方法である。
個別法は利益操作が簡単に行なえるという欠点があるために、一般的には採用されない。利益操作とは、会社が意図的に利益額を変動させることである。例えば、実際より仕入単価の小さな商品を売ったことにすれば、売上原価が小さくなり利益を大きくすることができる。逆に、実際より仕入単価の大きな商品を売ったことにすれば、売上原価が大きくなり利益を小さくすることができる。こういった操作により各期の納税額を意図的に変更して不正に税金を逃れる可能性があり、それを外部から見抜くには困難または不可能な場合が予想されるからである。
- 計算例
期首棚卸資産(Beginning Inventory)が個数200個で5,000,000円分あった。当期仕入(Purchases)は6/20に20,000円の物を200個、10/18に29,000円の物を250個を購入しており、合計で11,250,000円分であった。 (20,000×200+29,000×250=11,250,000) 売上は400個であり、販売されたそれらの購入時の記録を調べれば、仕入れたのは6/20に20,000円の物が200個、10/18に29,000円の物が200個であった。
売上原価 20,000×200+29,000×200=9,800,000 期末棚卸資産 =期首棚卸資産+仕入れ-売上原価 =5,000,000+11,250,000-9,800,000 =6,450,000
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単位:個 | 単位:1000円 |
[編集] 総平均法
総平均法(Weighted-Average method)では、合計金額を総数で割って総平均単価(Average unit cost)を算出し、これに期末に残っている個数を掛けることで期末棚卸資産(Ending Inventory)とする方法である。
- 計算例
期首棚卸資産(Beginning Inventory)が個数200個で5,000,000円分あった。当期仕入(Purchases)は6/20に20,000円の物を200個、10/18に29,000円の物を250個をそれぞれ購入しており、合計で11,250,000円分であった。(20,000×200+29,000×250=11,250,000)
総平均単価 = | 期首棚卸資産(5,000,000円) + 当期仕入れ高(11,250,000円) |
期首棚卸資産の個数(200個) + 当期仕入れの個数(450個) | |
= | 25,000円 |
総平均単価が求められれば、あとは売上数量と期末棚卸資産の数量に総平均単価を乗ずれば、売上原価と期末棚卸資産の金額が求められる。
売上原価 = 総平均単価 × 売上数量 = 25,000×400 = 10,000,000 期末棚卸資産 = 総平均単価 × 期末棚卸資産の個数 = 25,000 × 250個 = 6,250,000 または = 期首棚卸資産+仕入れ-売上原価 = 5,000,000+11,250,000-10,000,000 = 6,250,000
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単位:個 | 単位:1000円 |
[編集] 先入先出法
先入先出法(First-in, First-out method、FIFO、ファイフォ)では、実際の物の流れとは無関係に先に仕入れた物から売れてゆくと考える。このため、在庫は常に後から仕入れた物だけが残っていると仮定して、期末棚卸資産(Ending Inventory)を評価する。
物価上昇時には売上原価が小さくなり売上総利益(Gross Margin)が大きくなるという特徴がある。物価が上昇すると最近仕入れた商品の購入単価が大きくなるために、売上原価(Cost of Goods Sold)が小さくなる。売上原価が小さくなると、売上金額が一定であるので売上総利益が大きくなる。このことは損益の計算において考慮されねばならない。
また、期末棚卸資産が時価に比較的近くなるという特徴がある。期末に在庫として残っている商品は最近購入した物の割合が高いためである。
- 計算例
期首棚卸資産(Beginning Inventory)が個数200個で5,000,000円分あった。当期仕入(Purchases)は6/20に20,000円の物を200個、10/18に29,000円の物を250個を購入しており、合計で11,250,000円分であった。(20,000×200+29,000×250=11,250,000)
売上は400個であった。
- 期末在庫250個の内、最も最近購入したのは10/18に単価29,000円の250個の分である。
期末棚卸資産 = 29,000×250 = 7,250,000 売上原価 = 期首棚卸資産+仕入れ-期末棚卸資産 = 5,000,000+11,250,000-7,250,000 = 9,000,000
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単位:個 | 単位:1000円 |
[編集] 後入先出法
後入先出法(Last-in, First-out method、LIFO、ライフォ)では、実際の物の流れとは無関係に最後に仕入れた物から売れてゆくと考える。このため、在庫は常に先に仕入れた古い物だけが残っていると仮定して、期末棚卸資産(Ending Inventory)を評価する。先入先出法の逆である。
物価上昇時には売上原価が大きくなり売上総利益(Gross Margin)が小さくなるという特徴がある。物価が上昇すると最近仕入れた商品の購入単価が大きくなるために、期末在庫は先に仕入れた商品で構成されているので単価は小さくなり、期末棚卸資産の評価額は小さくなる。期末棚卸資産の評価額は小さくなると、売上原価(Cost of Goods Sold)が大きくなる。売上原価が大きくなると、売上金額が一定であるので売上総利益が小さくなる。このことは損益の計算において考慮されねばならない。
また、期末棚卸資産が時価との差が開くという特徴がある。期末に在庫として残っている商品は過去に購入した物の割合が高いためである。
- 計算例
期首棚卸資産(Beginning Inventory)が個数200個で5,000,000円分あった。当期仕入(Purchases)は6/20に20,000円の物を200個、10/18に29,000円の物を250個を購入しており、合計で11,250,000円分であった。(20,000×200+29,000×250=11,250,000)
売上は400個であった。
1. 期末在庫250個の内、最も以前に購入したのは期首棚卸資産200個、5,000,000円の分である。(単価 = 5,000,000 / 200 = 25,000)
2. 期末在庫250個の内、次に古く購入したのは6/20に単価20,000円の物、200個分の内の50個である。
期末棚卸資産 = 25,000×200 + 20,000×50 = 6,000,000 売上原価 = 期首棚卸資産+仕入れ-期末棚卸資産 = 5,000,000+11,250,000-6,000,000 = 10,250,000
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単位:個 | 単位:1000円 |
[編集] 移動平均法
移動平均法(Moving-average method)は平均単価を計算する点で総平均法に似ているが、総平均法が期末に一括して平均単価を求めるのに対して、移動平均法では期中で商品を仕入れる度に平均単価を計算しなおす(Recalculated)。移動平均法の「移動」は時間軸に対する移動である。
移動平均法は期中でも常に売上原価が把握できるため、管理会計としては有益であり、財務会計としても期末の結果が予想できるのは良い点である。ただこの実現の為には頻繁な計算が求められる(継続記録法)ために採用は困難なことが考えられる。
- 計算例
期首棚卸資産(Beginning Inventory)が個数200個で5,000,000円分あった。当期仕入(Purchases)は6/20に20,000円の物を200個、10/18に29,000円の物を250個を購入しており、合計で11,250,000円分であった。(20,000×200+29,000×250=11,250,000)
売上は400個であった。
購入と販売 | 単価計算 |
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4/1 期首在庫(Begining Inventory)は200個、5,000,000円分であった。 | 5,000,000/200=25,000 |
6/20 単価20,000円の物を200個購入した。 | (25,000×200+20,000×200)/(200+200)=22,500 |
7/10 商品を100個販売した。 | (22,500×400-22,500×100)/(400-100)=22,500 |
10/18 単価29,000円の物を250個を購入した。 | (22,500×300+29,000×250)/(300+250)≒25,454 |
11/5 商品を300個販売した。 | (25,454×550-25,454×300)/(550-300)=25,454 |
※販売時において原価は変わらないため、再計算が必要なのは商品の購入時である。
期末棚卸資産 = 25,454×250 = 6,363,500 売上原価 = 期首棚卸資産+仕入れ-期末棚卸資産 = 5,000,000+11,250,000-6,363,500 = 9,886,500
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単位:個 | 単位:1000円 |
[編集] 最終仕入原価法
最終仕入原価法は期末数量に最後の仕入単価を乗じて期末棚卸高を求める方法である。期末棚卸高からの逆算で売上原価を求める。
[編集] 売価還元法
売価還元法は仕入、売上、残高は数量の管理を行なうだけで価格は期中は考慮せず、期末に各商品の値札から実地棚卸高を求めて、各商品グループごとの原価率を乗じて取得原価による棚卸高を逆算する方法である。
売価還元法は原価率を求める計算式の違いで2つに分かれる。
- 売価還元平均原価法
- 売価還元低価法
- 売価還元平均原価法の計算式
各商品グループごとの原価率 = | 期首棚卸資産 + 当期仕入れ高 |
期首棚卸資産の小売価格 + 当期仕入価格 + 原初値入額 + 値上額 - 値上取消額 - 値下額 + 値下取消額 |
- 売価還元低価法の計算式
(売価還元平均原価法の計算式から値下額と値下取消額を省いたものである。)
各商品グループごとの原価率 = | 期首棚卸資産 + 当期仕入れ高 |
期首棚卸資産の小売価格 + 当期仕入価格 + 原初値入額 + 値上額 - 値上取消額 |
[編集] 総利益法
総利益法(Gross Profit method)は総利益率を利用して売上原価を求め、差額によって見積もりで期末棚卸資産を計算する方法である。この方法は火事などの特別な事情によって実地棚卸が出来ない場合に使用が認められ、期中での簡単な見積もりにも利用される。
STEP.1 期首在庫+仕入金額より販売可能な商品の総額を求める。
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STEP.2 売上金額から売上原価を計算する。
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STEP.3 Step1とStep2の差(Plug)から期末棚卸資産を導く。
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[編集] ドル価値後入先出法
通常の後入先出法(LIFO)が単価(Unit cost)と個数(Number of Units)を使っているのに対して、ドル価値後入先出法(Dollar-Value LIFO)では金額(Amount)と価格指標(Index)を使う。後入先出法の簡便版といえる。