実在した象の一覧
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実在した象のリスト
[編集] 実在した象
- 紀元前218年、ハンニバル(Hannibal Barca)は、第二次ポエニ戦争に、37頭の象を引き連れ、アルプス山脈を越えた。マルクス・ポルキウス・カトー (大カトー)(Marcus Porcius Cato, the elder)の『起源論』(Origines)によれば、ハンニバル軍のなかで一番勇敢だったのは、シリア人を意味する「スルス」(Surus)と云う象だった。
- アブル=アッパース(Abul-Abbas)
- バグダードのカリフであるハールーン・アッ=ラシードからカール大帝(「シャルルマーニュ」とも表記)に贈られた象。
- ハンノ(Hanno)
- カンドゥラ(Kandula)
- スリランカ史上最も有名な象。紀元前時代のシンハラ族の王が乗ってタミル族と戦ったと云う。
- メアリ(Mary)
- チャールズ・H・スパークス(Charles H. Sparks)の「ワールド・フェイマス・ショー(World Famous Show)」のメス象メアリは、1916年9月12日に、未熟な飼育係ウォルター・「レッド」・エルドリッジ(Walter "Red" Eldridge)を殺してしまった(原因は不明)。この「犯罪」のために、メアリは1916年9月13日に、テネシー州アーウィン(Erwin)の「クリンチフィールド鉄道」(Clinchfield Railroad)操車場で、鉄道デリック車により絞首刑になった。一度はメアリを吊るした鎖が切れてしまったため、メアリは地面に落下して腰に怪我を負っただけだったが、再度処刑が行なわれて、メアリは死んだ。
- トプシー(Topsy)
- タフィー(Tuffi)
- 1728年(享保13年)、江戸幕府8代将軍徳川吉宗に献上するために、広南(ベトナム)から連れてこられたゾウ。ベトナムでの名前は不詳。「広南従四位白象」は中御門天皇に謁見するために与えられた姓と位階と名である。
- 花子
- タイから寄贈されて上野動物園で飼われた「象の花子」は二頭いる。第二次世界大戦前の1935年に贈られた「花子」は、戦争中の1943年、逃走したら危険と云う理由で餓死させられた。二代目の「はな子」は、戦後の1949年に贈られ、1954年に井の頭公園内の井の頭自然文化園に移された。2008年現在健在である。
- ジョン、トンキー
- 上述の花子(別名ワンリー)とともに戦争中は危険だとして餓死させられた。この様子は「かわいそうなぞう」という物語になっている。
- インディラ
- 東京都上野動物園では、第二次世界大戦中に象がいなくなったが、戦後(1949年)、地元である台東区の子供たち(「台東区子供議会」)の象が見たいと云う願いが、連合軍占領下の日本における大人たちを動かして、当時のインド首相ジャワハルラール・ネルーからメスの象が贈られた。その象の名前「インディラ」は、ネール首相自身が自分の娘であるインディラ・ガンディーにちなんで命名したという。象の「インディラ」は、1949年9月に上野動物園に到着し、1983年8月、同園で死亡した。その骨格標本は国立科学博物館に展示されている。
- なお、象の「はな子」が上野動物園に到着したのも、同じ1949年9月だが、「インディラ」より僅かに早い。ちなみに「インディラ」は朝日新聞社が、「はな子」は読売新聞社と講談社とがキャンペーンをはった。
- 諏訪子
- 花子
- 1964年タイで生まれ、京都市動物園、円山動物園を経て、1967年開園に伴って旭山動物園にやってきた象。1968年、くる病をわずらい立つことが出来なくなったために、北海剥製標本社の信田修治郎に引き取られた。病気の克服や温泉での湯治が全国的に評判となり、子供たちに人気のあった象であった。詳細は宮内温泉の項を参照。
[編集] 象のような形をした実在する物
- ルーシー(Lucy) : ニュージャージー州マーゲート市にある模造建築物。