大浦城
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大浦城(おおうらじょう)は、青森県弘前市賀田・五代にあった城。平城。
[編集] 概要
大浦光信が津軽進出の拠点として古館を改修、子の大浦盛信を置いたのが始まりで、その後、元和の一国一城令により廃城となった。現在は、弘前市立津軽中学校の敷地などになっている。
城の規模は、東西500メートル、南北250メートルほど。
[編集] 歴史
文亀2年(1502年)、大浦光信により築かれる。大浦光信の子孫、大浦為則の婿養子である大浦為信の代になり、堀越城に本拠地が移ると、城番が置かれるだけになった。その後元和の一国一城令により廃城となったが、二の丸・本丸・西の丸の土塁は残された。弘前城の詰城としてその後も、西の丸には火薬庫などが建てられた。