マリオ・ベレッタ
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マリオ・ベレッタ | ||
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名前 | ||
カタカナ | マリオ・ベレッタ | |
ラテン文字 | Mario Beretta | |
基本情報 | ||
国籍 | イタリア | |
生年月日 | 1959年10月30日(48歳) | |
出身地 | ミラノ
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マリオ・ベレッタ(Mario Beretta、1959年10月30日 - )はイタリア・ミラノ出身の元サッカー選手、サッカー監督。
1982年、当時セリエDに所属していたプロ=パトリアで選手としてプレーした後、指導者に転向。アマチュアクラブでの監督を続けた後、1995年には、当時セリエC2に所属していたプロ=パトリアで、プロクラブチームの監督としてのキャリアをスタートさせる。
以降、サロンノ、コモ、ルメッツァーネ、ヴァレーゼ(いずれもセリエC1)を指導し、2002年にはテルナーナでセリエB、2004年にはキエーヴォでセリエAへデビュー。指導者として着実にステップアップの道を歩む。
2005年にパルマの監督に就任すると、シーズン前半は成績不振で苦しんだものの、シーズン後半はクラブを軌道に乗せることに成功し、4節を残して残留を決めた。さらにカルチョ・スキャンダルの影響もあり、最終的にはUEFAカップの出場権を得ることにも成功した。
翌2006年にはシエナに移籍。最終節でようやく残留を決めるなど、非常に苦しいシーズンとなり、シーズン終了後に辞任を発表、監督の座は後任のアンドレア・マンドルリーニに譲ることとなった。
2007年は所属クラブがなかったが、不振にあえぐシエナが12節終了時点(1勝6分け、勝ち点9)でマンドルリーニを解任。その後任として、改めてシエナの指揮を執ることになった。その後のシエナはマッカローネの活躍もあり、見事に残留を決めたが、ベレッタはこの残留を置きみやげに、またもやチームを去ることとなった。
[編集] 所属クラブ
[編集] 指導歴
- プロ・パトリア(イタリア): 監督 1995-1996
- サロンノ(イタリア): 監督 1996-1997
- コモ(イタリア): 監督 1997-1998
- ルメッツァーネ(イタリア): 監督 1998-1999
- ヴァレーゼ(イタリア): 監督 1999-2002
- テルナーナ(イタリア): 監督 2002-2004
- キエーヴォ・ヴェローナ(イタリア): 監督 2004-2005
- パルマFC(イタリア): 監督 2005-2006
- シエナ(イタリア): 監督 2006-2007
- シエナ(イタリア): 監督 2007.11-2008