マクロビオティック
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マクロビオティック (Macrobiotic) とは、長寿法を意味する。第二世界大戦前後に桜沢如一が、自ら考案した食生活法や食事療法の名称として広めたことから、現在ではこの意味で用いられることがほとんどである。食生活法は欧米でも普及している。
後者の食生活法は、「玄米菜食」「穀物菜食」「自然食」「食養」「正食[1]」「マクロビ[2]」「マクロ」「マクロビオティックス」「マクロバイオティック」「マクロバイオティックス」とも呼ばれる。また、マクロビオティックを実践している人のことを、マクロビアンと呼ぶこともある[3]。
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[編集] 語源
マクロビオティックは、マクロ+ビオティックの合成語である。語源は古代ギリシャ語「マクロビオス」であり、「健康による長寿」「偉大な生命」などといった意味である。18世紀にドイツのクリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラントが長寿法という意味合いで使いはじめた[4]。
マクロビオティックはフランス語など、ラテン語系の言語での発音を日本語表記したものである。英語ではマクロバイオティクスに近い発音である。
[編集] 食事法の特徴
日本古来の食事のように、玄米を主食、野菜や漬物や乾物などを副食とすることを基本とし、独自の陰陽論を元に食材や調理法のバランスを考える食事法である。現在では桜沢如一の説を土台として、さまざまな分派が存在する。
おおむね以下のような食事法を共通の特徴とする。
- 玄米や雑穀、全粒粉の小麦製品などを主食とする。
- 野菜、穀物、豆類などの農産物、海草類を食べる。有機農産物や自然農法による食品が望ましい。
- なるべく近隣の地域で収穫された、季節ごとの食べものを食べるのが望ましい。
- 砂糖を使用しない。甘味は水飴・甘酒・甜菜糖・メープルシロップなどで代用する。
- 鰹節や煮干しなど魚の出汁、化学調味料は使用しない。出汁としては、主に昆布や椎茸を用いる。
- なるべく天然由来の食品添加物を用いる。塩はにがりを含んだ自然塩を用いる。
- 肉類や卵、乳製品は用いない。ただし、卵は病気回復に使用する場合もある。
- 厳格性を追求しない場合には、白身の魚や、人の手で捕れる程度の小魚は、少量は食べてよいとする場合もある。
- 皮や根も捨てずに用いて、一つの食品は丸ごと摂取することが望ましい。
- 食品のアクも取り除かない。
こういった考えは、食育で著名な明治時代の薬剤監であり医者であった石塚左玄の考え方を基盤としている。桜沢は左玄の結成した食養会で活躍することを通して食事療法(食養)を学び、独自に研究した。当初、桜沢は左玄の考え方に従い、鳥・魚・卵を少しなら食べてもよいとしていたが、晩年にそれらも食べない菜食が正しいという見解に到っている。
初期の頃から、玄米は栄養や食物繊維が豊富に含まれていると主張されてきたが、これは1980年代以降、栄養学でも確固として認められてきた点である。穀物を主食として副食と明確に分離するという日本の伝統的な食事は、医学的、栄養学的にも優れていると世界中で見直されている。また初期の頃から、欧米風の動物性食物の多い食事とそれに起因すると考えられる疾病の多発、食肉を得るための多大なエネルギーの浪費や環境汚染や飢餓問題、非効率的な消費や病気の増加による経済的な損失を批判してきた。日本国内にとどまらず、世界各地に広がっている理由として、こうした考えが受け入れられている面もある。マクロビオティックはベジタリアニズムの一種と解されることもある。
[編集] 石塚左玄の食養
- 食本主義 「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と、心身の病気の原因は食にあるとした。
- 人類穀食動物論 人間の歯は、穀物を噛む臼歯20本、菜類を噛みきる門歯8本、肉を噛む犬歯4本なので、人類は穀食動物である。
- 身土不二 居住地の自然環境に適合している主産物を主食に、副産物を副食にすることで心身もまた環境に調和する。
- 陰陽調和 当時の西洋栄養学では軽視されていたミネラルのナトリウム(塩分)とカリウムに注目し、さらにそのバランスが崩れすぎれば病気になるとした。
- 一物全体 一つの食品を丸ごと食べることで陰陽のバランスが保たれる。「白い米は粕である」と玄米を主食としてすすめた。
桜沢はナトリウムとカリウムの量と陰陽論をヒントに、食品を「陰性」「中庸」「陽性」に分類した。もとが中医学ではないため、この分類は中医学の陰陽論に基づく分類とはかなり異なる。具体的には、産地の寒暖や形而上の特徴から牛乳・ミカン類・トマト・ナス・ほうれん草・熱帯産果実・カリウムの多いものなどを「陰性」とした。玄米は「中庸」、塩や味噌・醤油・肉などナトリウムの多いものは「陽性」とした。
さらに、陰陽思想を食のみならず、生活のあらゆる場面で基礎とすべく、万物を陰と陽に分類する無双原理という哲学を提唱した。そして、この独自の哲学を含む食生活運動へと発展させた。宗教学者の島薗進はエコロジー運動とよく似た考えや、宗教的な敬虔さを含んだ日本独自の思想が20世紀初頭にも存在していたという指摘をしている[5]。
また、食養会では、当時は天皇制であったため米はウカノミタマや天皇家の象徴であり神聖であるとして食養を奨励し、国家神道や八紘一宇の世界観から平和的な世界統一観を主張している。
その後の運動の展開としては、久司道夫、菊池富美雄、相原ヘルマンらが主に海外で、大森英桜、岡田周三らが主に国内で広めた。
[編集] 海外での展開と逆輸入
桜沢はこれを広めるべく1929年に渡仏、1960年代に渡米して、弟子の久司道夫らとともに「禅の思想である」と唱えて普及し、ニューエイジの信奉者らにカルト的人気を博した。
アメリカでは、ヒッピー達の健康状態への関心と、従来の欧米型食生活が生活習慣病の増加をもたらしているとの反省から、1977年に「アメリカの食事目標(マクガバン・レポート)」が打ち出され、それを機に伝統的な和食への関心が高まり、同時にマクロビオティックの考え方も見直されるようになった。現在ではアメリカ国営のスミソニアン博物館において、マクロビオティックに関する資料が医療の歴史の資料として永久保存されている[6][7]。
国内では、近年になって歌手のマドンナや、トム・クルーズらが愛好家として雑誌等で紹介され、注目され始めた。そして、健康食ブームに伴って、カフェができたり、ムックなどの各種出版物が刊行されたりするなど、注目が集まった。2005年には、1947~1957年生まれの女性の1割以上が実践していると報道された[8]。
現代のマクロビオティック論者の中には、医学や栄養学の発達と同期して、現代栄養学を取り入れて説明するという変化もある。
[編集] 医療との関連
元国立がんセンターの島村善行は、栄養学に従った食事では十分ではなく不満に思っていたところ、マクロビオティックの効果を知り島村トータル・ケア・クリニック[9]で食事として出している[10]。肝臓の重病の際には最適の食事と考えるようになり、ほかにも食事によって血圧が下がったり、コレステロールが正常になったり、アレルギーがよくなったりすることも多いと述べている[10]。
キューバのフィンライ研究所では、糖尿病患者の81%が薬がいらなくなり、喘息患者を1500人治療したが 80%に効果が見られ、使う薬の種類も減った[11]。
[編集] 疑問
宗教学者の島薗は個々の現象への陰陽の割り当ての方法の恣意性や、食物の陰陽調和や病気に対する対処の根拠についても十分な根拠があるかと疑問を抱いている[12]。
[編集] 批判
1950年代、久司道夫がアメリカでマクロビオティックを広めようとした頃は、当時の栄養学と矛盾していることから大きな反発があったという[13]。しかし、後に普及していった。
[編集] 脚注
- ^ 食養の意味で石塚左玄が用いた。
- ^ マクロビ(商標登録4605095、登録4955762)、マクロビオティックやMacrobiotic(登録1350785、登録2024449、登録2059930、登録2079871、登録2092192、登録2111777、登録3197998、登録3227843、登録4166618)(関連:フェアユース)
- ^ 半断食セミナーなどを主宰する橋本宙八が、1985年、日本において小冊子を創刊する際、自称ないし他称としてひろくマクロビオティック実践者を意味する用語として使用を始めた。マクロビアンの由来
- ^ クリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラント 『長寿学-長生きするための技術』 井上昌次郎訳、どうぶつ社、2005年1月。原著 Die Kunst, das menschliche Leben zu verlängern: Makrobiotik, 1797
- ^ 田邊信太郎・島薗進・弓山達也『癒しを生きた人々―近代知のオルタナティブ』専修大学出版局 、1999年。ISBN 978-4881251096 。194、210~212頁
- ^ Macrobiotic food, 1990s (Smithsonian Institution Press)
- ^ Health Food: Macrobiotic Brown Rice National Museum of American History, Division Medicine and Science
- ^ 「マクロビオティック、玄米菜食中心の食生活-団塊女性、認知6割実践1割」(日本経済新聞、2005年11月29日)
- ^ 島村トータル・ケア・クリニック
- ^ a b 島村善行 『肝臓がんと肝硬変』 新版版、主婦の友社、2003年7月。ISBN 978-4072374696。196-197頁。
- ^ 吉田太郎 『世界がキューバ医療を手本にするわけ』 築地書館、2007年8月。ISBN 978-4806713517。
- ^ 田邊信太郎・島薗進・弓山達也『癒しを生きた人々―近代知のオルタナティブ』専修大学出版局 、1999年。ISBN 978-4881251096 。211頁
- ^ 久司道夫『マクロビオティックをやさしくはじめる』 成甲書房、2004年。ISBN 9784880861753。32-33頁。
[編集] 参考文献
- 持田鋼一郎 『世界が認めた和食の知恵-マクロビオティック物語』 新潮社〈新潮新書〉、2005年。ISBN 978-4106101052。
- 『癒しを生きた人々―近代知のオルタナティブ』専修大学出版局 ISBN 978-4881251096
- 石塚左玄 橋本政憲・現代語訳『食医石塚左玄の食べもの健康法-自然食養の原典「食物養生法」現代語訳』ISBN 978-4540033360
- 沼田勇『日本人の正しい食事―現代に生きる石塚左玄の食養・食育論』 農文協 ISBN 978-4540042959
- 『アルバムジョージオーサワ』日本CI協会
- ウェンディ ウェイガー『がんの代替療法―有効性と安全性がわかる本 ハーバード大学の研究グループによる最新報告』ISBN 978-4879545183
- 『イミダス2006』
[編集] 関連人物・関連用語
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 日本CI協会
- 正食協会
- クシインスティチュートインターナショナル
- クシマクロビオティックアカデミィ
- マクロビオティック・環境と健康のために
- The Skeptic's Dictionary 日本語版「マクロビオティックス macrobiotics」
- マクロビオティック・ジェーピー
- 涼子と私のマクロビオティックダイエット