バーナード・ホプキンス
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基本情報 | |
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本名 | Bernard Hopkins |
通称 | The Executioner(死刑執行人) |
階級 | ミドル級 |
国籍 | アメリカ合衆国 |
誕生日 | 1965年1月15日(43歳) |
出身地 | ペンシルバニア州フィラデルフィア |
命日 | |
死地 | |
スタイル | オーソドックス |
プロボクシング戦績 | |
総試合数 | 53 |
勝ち | 47 |
KO勝ち | 32 |
敗け | 4 |
引き分け | 1 |
無効試合 | 1 |
バーナード・ホプキンス(Bernard Hopkins、1965年1月15日 - )は、アメリカ人のプロボクサー。アメリカ合衆国ペンシルヴァニア州フィラデルフィア出身。身長185cm、リーチ183cm、体重72kg。
狡猾で戦術に長けた万能型であり、四十代を迎えた今尚疲れ知らずのスタミナを誇る驚異的なボクサーである。クリンチの名手としても有名で練習にはレスリングを取り入れている。ニックネームは「The Executioner(死刑執行人)」。絶妙のダイレクトライトを持っているし、カウンターも上手い。なお、試合の際のリング入場時に、カンオケに入って登場して来た事もある。試合内容については、玄人好みされるタイプの選手である。という意見もある。
目次 |
[編集] 来歴
1988年10月11日、ライトヘビー級でデビューするが、黒星でプロのキャリアをスタートした。デビュー戦後は一年以上リングへは上がらなかった。2戦目以降は徐々に身体を絞り、ミドル級前後の体重で経験を重ねる。
1993年5月22日、ロイ・ジョーンズ・ジュニアと空位のIBF世界ミドル級王座を争うが12回判定負け。なお、この試合の判定には多くの専門家やファンが疑惑の判定であると疑問を呈している。
1994年12月17日、セグンド・メルガドとのIBF世界ミドル級王座決定戦で引き分けるが、1995年4月29日の再戦で7RTKOでメルカドを破り、IBF世界ミドル級タイトルを獲得した。
その後、順調に防衛を重ねていき、2001年には主要3団体の王者と一階級下から上がってきたフェリックス・トリニダードの4人で統一トーナメントが行われ、2001年4月14日にはキース・ホームズからWBCタイトル、2001年9月29日には圧倒的な不利が予想される中、フェリックス・トリニダードから12RTKO勝ちでWBAタイトルを獲得し、マービン・ハグラー以来の3団体統一王者となる。
3団体統一王座を4度防衛後、2004年9月18日にはそれまでKO負けがなったオスカー・デ・ラ・ホーヤを9RKOで下し、WBO世界ミドル級タイトルも獲得。史上初の主要4団体の王座統一に成功した。
しかし、2005年7月16日に21度目の防衛戦で無敗の若き挑戦者、ジャーメイン・テイラーに僅差の判定で破れ、4つののタイトルを失った。ロイ・ジョーンズに負けて以来12年ぶりの敗戦となり、10年間守り続けた世界王座を明け渡す結果になった。2005年12月3日にはジャーメイン・テイラーとの再戦が行われたが、判定負け。
しかし2006年6月10日に2階級上のライトヘビー級の強豪アントニオ・ターバーと対戦し、一方的な内容で判定勝ちした。この試合がラストファイトと宣言していたホプキンスだが、2007年7月28日、元スーパーウェルター級3団体統一王者ロナルド・ライトとラスベガスで対戦、12回判定3-0で勝利を収めた。
[編集] 獲得タイトル
- 1992年、USBA(全米)ミドル級王座
- 1995年、第6代IBF世界ミドル級王座
- 2001年、第31代WBC世界ミドル級王座
- 2001年、第25代WBA世界ミドル級王座(スーパーチャンピオン)
- 2004年、第18代WBO世界ミドル級王座
- 2006年、IBOライトヘビー級王座(マイナー・タイトル)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
空位 前タイトル保持者 ロイ・ジョーンズ・ジュニア |
第6代IBF世界ミドル級王者 |
次王者 ジャーメイン・テイラー |
前王者 キース・ホームズ |
第27代WBC世界ミドル級王者 |
次王者 |
前王者 |
第25代(Undisputed)WBA世界ミドル級王者 |
次王者 |
前王者 |
第16代WBO世界ミドル級王者 |
次王者 |