セルゲイ・パラジャーノフ
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セルゲイ・パラジャーノフ(アルメニア語:Սարգիս Հովսեպի Պարաջանյան;ラテン文字転写:Sargis Hovsepi Parajanyan;ロシア語:Сергей Иосифович Параджанов;ウクライナ語:Сергій Йосипович Параджанов、1924年1月9日 - 1990年7月20日)は、旧ソ連グルジアのトビリシに生まれた映画監督、脚本家、画家、工芸家。アルメニア人。
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[編集] 概要
[編集] 略歴
モスクワの全ロシア映画大学監督科で、アレクサンドル・ドヴジェンコやイーゴリ・サフチェンコ、ミハイル・ロンムなどの名匠の元で映画製作を学ぶ。この時期に悪ふざけにふけっていたトビリシの学生らとともに逮捕され、同性愛の嫌疑をかけられる。
卒業後、いくつかの共同監督作品を経て、1964年に『火の馬』で長編映画デビューを果たす。この作品は世界中の映画祭でその独自のスタイルと色彩が賞賛されるが、国内ではまったくの不評に終わる。続く1968年にアルメニアにて同名の詩人の生涯に着想を得た『サヤト・ノヴァ』を監督。しかし、ウクライナ映画行政局は、既存の映画文法から逸脱した自由奔放な表現を、反ソ連的な危険思想に基づくものと見なし、激しく糾弾。それ以降、彼の書いた10本の映画の企画をすべて却下してしまう。
1974年には、なんの前触れもなく不当な罪状で5年間の懲役判決を受け投獄される。しかし国際的な映画祭を通じてすでにその名声が高まっていたパラジャーノフを救うために、フェデリコ・フェリーニ、ロベルト・ロッセリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダールといったヨーロッパ中の映画人が抗議運動を展開。その成果もあって、1977年12月に釈放される。しかしその後もソ連当局からの危険人物扱いはやまず、重ねて2回の投獄に合い過酷な労働を課せられ苦痛を味わう。
ミハイル・ゴルバチョフ書記長就任後は出国を許され、自由に映画制作ができるようになり、『スラム砦の伝説』『アシク・ケリブ』の2本を立て続けに製作。その相変わらずの独自性で全世界から熱狂的な歓迎と賞賛をうけるが、体調は完全には元に戻らず、その後に製作開始された自伝的作品と言われる『告白』の準備途中に、エレヴァンにて肺炎で死去。
あとには生涯に監督した4本の長編映画と、映画化されることのなかった多数の脚本、また無数の絵画やコラージュ作品が残された。
[編集] 評価
パラジャーノフの映画は、いずれも既存の映画文法から激しく逸脱している。おそらくは意図的に逸脱したのではなく、もともと映画的文法を考えることが出来ない芸術的思考の持ち主であると考えられる。自らの民族的なルーツを自賛するかのように、アルメニア・グルジア・アゼルバイジャンの文化的な装飾を以って、コラージュ的で独自な画面構成を畳み掛けていくのを主な特徴としている。
同時に、懐の深いユーモアを湛えており、凄まじい色彩と相まって鑑賞者に映画体験を越えた「生の恍惚感」と言うべきものを与える。それがソ連当局による弾圧のもとで製作されたことを考えれば、「恍惚感」は「生そのものへの衝撃」へと変わるかもしれない。
[編集] 作品リスト
- 火の馬(1964年)
- サヤト・ノヴァ(1968年)……オリジナルのフィルムは散逸したと伝えられている。
- ざくろの色(1969年)……散逸した「サヤト・ノヴァ」のフィルムからセルゲイ・ユトケーヴィチ監督が再編集したもの。
- スラム砦の伝説(1984年)
- アシク・ケリブ(1988年)
[編集] 作品のビデオ化の現状
日本においてはパラジャーノフの作品は、以前はダゲレオ出版社から『ざくろの色』『スラム砦の伝説』『アシク・ケリブ』の3作品がVHSで、また同タイトルが別の会社からレーザー・ディスクでリリースされていたが、すでにいずれも廃盤になっており、2004年現在で手軽に入手できた、アイ・ヴィー・シー社の『火の馬』も現在絶版状態になってしまっているようである。しかし2004年6月23日にコロムビアミュージックエンタテインメントが『ざくろの色』の日本初のDVD版を発売し、『火の馬』をリリースしていたアイ・ヴィー・シー社よりデジタル完全復元版と銘打った『アシク・ケリブ』と『スラム砦の伝説』がリリースされるなど、ここしばらく続いた鑑賞困難な状態は改善に向かっているようである。
世界的には、アメリカのKINO International社が全作品の英語字幕付きのDVDをリリースしており、これらを輸入するという形で作品に触れることは可能である。これらのソフトは最近リリースされた日本版よりも画質の点ではるかに劣るものの、若干編集が異なっていたり、日本ではまず見ることのできないドキュメンタリーが追加されていたりするので資料価値は相変わらず衰えていない。