コティングリー妖精事件
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コティングリー妖精事件(―ようせいじけん)とは、イギリスのブラッドフォード近くのコティングリー村に住む2人の従姉妹フランシス・グリフィス(1907年9月4日 - 1986年)とエルシー・ライト(1901年7月10日 - 1988年)が撮ったという妖精の写真の真偽をめぐって起きた論争や騒動のことを言う。結論から言うと、この写真は2人による捏造であった。
1916年7月、妖精がフランシスと一緒にいる写真をエルシーが撮った。彼女たちはフェアリーが踊っている様子が写っている写真を、1916年から1920年の間に全部で5枚撮影した。写真に写った妖精は、小さい人の姿で、1920年代の髪型をし、非常に薄いガウンをはおり、背中には大きな羽があった。 1枚の写真にはノームが写っていた。そのノームは身長12インチ(約30cm)ぐらいで、エリザベス朝時代の格好をして、背中には羽があった。
この写真がどのように撮られたかというと、フェアリーの光の当たり具合が他の部分と異なっていることから、フェアリーの形をした平らな紙の切り抜きが使われたと説明されている。また、周囲の背景や人物が、シャッターが下りる瞬間わずかに動くために輪郭がぼやけるのに比べ、妖精の輪郭が明瞭であることから、妖精はシャッターが下りる間も静止している、すなわち作り物ではないかという指摘が当時からあった。その後、当時出回っていた子供向けの絵本(『Princess Mary's Gift Book』、1915年発行)の中に、写真とそっくりのポーズをした妖精の絵が掲載されているのも発見された。この絵を模写して切り抜き、帽子止めのピンで固定していたことを、老婆となった少女たちは告白した。しかしながらその当時は、多くの人がフェアリーの実在する証拠としてこの写真を見た。その中には、シャーロック・ホームズ・シリーズの作者として有名なアーサー・コナン・ドイルもいた。
彼女たちはかなり晩年になるまでこれらの写真が捏造であるとは認めなかったが、1980年代初頭にいんちきであることを告白した。しかしフランシスは最後の1枚は本物であると言い続け、また2人ともフェアリーを見たが写真に撮ることはできなかったと言い続けた。最後の1枚は他の写真と異なり、彼女たちと妖精が一緒に写った物ではなく、妖精のみが写っており、半透明に透けている。これは二重露光を用いたトリックであると言われている。
[編集] 参考文献
- コナン・ドイル/井村君江訳 『妖精の出現―コティングリー妖精事件』(あんず堂、1998年) ISBN 487282301X
- 近藤千雄訳 『妖精物語―実在する妖精世界』(コスモ・テン・パブリケーション、1989年) ISBN 487666014X の新訳
- ジョー・クーパー/井村君江訳 『コティングリー妖精事件』(朝日新聞社、1999年) ISBN 4022572361
[編集] 事件を描いた作品
- 映画
- フェアリーテイル(イギリス、1997年)