アリー・セリンジャー
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アリー・セリンジャー(Arie Selinger、1937年4月5日 - )は、ポーランド出身のユダヤ系バレーボール指導者である。イリノイ大学で博士号を取得。久光製薬スプリングスの元監督アビタル・セリンジャーは息子。世界的にも優秀なバレーボール指導者として名を残した。
[編集] 来歴
- 現役時代はイスラエルでバレーボール選手として活躍、1956年世界選手権にイスラエル代表のセッターで出場した。
- 引退後は指導者に転じ、1984年ロサンゼルス五輪では米国女子を、1992年バルセロナ五輪ではオランダ男子を率いて、それぞれ銀メダルに導いた。
- 1989年に来日し、ダイエーオレンジアタッカーズ監督に就任し、山内美加等の選手を育てた。10年間でVリーグ、黒鷲旗など6度のタイトル獲得に導いた。
- 2000年、Vリーグ昇格を決めたパイオニア・レッドウイングス監督に就任。戦力補強を進めて2003-04シーズンにVリーグ初制覇を成し遂げると、2005-06にも優勝を飾るなど、強豪に育て上げた。2006年を以って退任。
- 1995年にはバレーボール殿堂入りを果たしている。