足立荘
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足立 荘(あだち そう、明治3年(1870年) - 昭和22年(1947年))は日本の記者、実業家。
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[編集] 経歴
- 1870年鳥取県上道村(現・境港市上道町)に足立国五郎の次男として生まれる。父・国五郎は村の助役、収入役、村会議員等を務めた人物。
- 鳥取中学(現鳥取県立鳥取西高等学校)を経て1892年慶應義塾大学文学科を卒業し時事新報社に入社。主として翻訳小説を同紙上に掲載する。後政治部に転じ、専ら外交、政治方面に活動し伊藤博文、陸奥宗光等の知遇を得た。日清戦争後政治部長となる。
- 1910年退社し実業界に入り自ら主唱して財界各方面の有力者を糾合、1911年9月日本徴兵保険株式会社(現・大和生命保険)を創立し経営に当たった。
- 日本徴兵保険(株)専務取締役、内国貯金銀行(株)取締役、日本不動産・日本商工各(株)監査役等歴任。
[編集] 参考文献
- 『境港市史』
- 『実業家人名辞典』 立体社 1990年 ア37頁