貴族院 (イギリス)
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貴族院(きぞくいん、House of Lords)は、英国議会を構成する上院に相当する議院。庶民院 (House of Commons) と共に両院制を構成している。
議会制民主主義の発展とともに公選制の庶民院に政治の実権が移り「貴族院」は名目的存在となった。しかし現在もその審議水準の高さで尊敬を集め、庶民院に再考を促す議院としての存在価値は高いと言われている。
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[編集] 構成
イギリスの貴族院は今日でも全議員が何らかの形で爵位を持つ貴族 (lords) で構成されており、無爵でも多額納税者や勅撰議員が少なからず名を連ねていた日本のかつての貴族院とは様相が異なる。
議会制の長い歴史をもつ英国では、古くウィリアム1世の時代から、国王の諮問機関として、大貴族によって構成される大会議(キュリア・レジス)が存在していた。そして次第に小貴族、市民代表が参加するようになり、後に世襲制の貴族階級によって構成される貴族院と、市民代表からなる庶民院の二院制が成立した。
英国の貴族院議員は歳費を受領しない。貴族であることを前提として、その特権の一部として議会に招集されていることが、歳費が支給されない理由とされる。ただし下記法服貴族を除く。
英国の貴族院は、貴族全員を招集するため定数は存在しなかった。バラ戦争で多くの貴族が絶えた時にはわずか2桁の議員数となったこともある。しかし後世、授爵が繰り返され、20世紀には、保守党と二大政党を構成するもう一つの政党(自由党、後に労働党)出身の首相の要請により、その傾向が顕著となり、ついに1958年には一代貴族法により識見秀でた者を一代限りの貴族にして、二大政党間の議員数のバランスを保つようになった。そのため一時は議席数1200名を数えるまでになった。
しかし、ブレア政権による貴族院改革は、92名を除いて残りの世襲貴族から議席を奪い去るに至り、現在は700名ほどの議席である。もっとも、千を超える議員がいた当時も、出席していたのはせいぜい300人程度だったと言う。そのためか貴族院の定足数は議長を含めて、わずか3名とされている(議決時には40名)。
貴族院議員には以下の別がある:
2007年3月7日、貴族院に選挙制導入を求める決議案が庶民院で可決され、数年のうちに全議員もしくは大半の議員が、選挙で選ばれた者によって構成される見通しが出てきた。可決された決議案は
- 改革後の貴族院は全員が選挙によるものであるべきという意見
- 改革後の貴族院は、80%が選挙で、20%が任命で構成されるべきという意見
の2つの選択肢とするものだった[1]。 また同時に、世襲貴族議員の廃止を求める決議案も可決されており、この決議案に基づき政府が貴族院改革法案を提出して成立すれば、貴族のみで構成されていた貴族院は700年の歴史に幕を閉じる可能性がある。ただし、トニー・ブレア首相、デービッド・キャメロン保守党党首はともに可決された決議案には反対しており、また貴族院では全員任命案以外は否決されたため、改革の行方がどうなるかはまだ不透明である。
[編集] 議論
英国の貴族院を「世界で最高の演説が聞ける場所」と評する論者がいる。政府推薦による一代貴族は、単なる党活動家ではなく識見に優れた人士を選ぶため、庶民院よりも専門的で公平な議論がなされることが理由とされる。そのため、過去の貴族院改革によって既に庶民院・内閣の連合に従わない決定的権利を失ってしまっている以上、貴族院からこれ以上何を取り上げる必要があるのかという改革反対論は根強かった。選挙制の導入や議長としての大法官の廃止、最高裁判所の分離等は、未だ反対が根強く成立していない。
貴族院の議長は Lord Speaker と呼ばれる。 かつては、大法官 (Lord Chancellor) がその任にあたった。首相が出現してくるまでは政府の最高のポストであり、現在でも形式的な序列では聖職者であるカンタベリー大主教(第1位)に次ぐ第2位とされ、首相よりも上位にあるとされ、内閣の一隅を占める。また、19世紀まで大法官管轄の特別裁判所が多数機能していた。それらの裁判所が整理された後も、最高裁判所としての審理に加わる権利がある。よって後発の三権分立がはっきり認識される国々からは「権力分立の歩く矛盾」と呼ばれる。
英国の貴族院は、その中の12名の「常任上訴貴族」=法服貴族(非世襲・勅任)が、司法権の頂点に立つ最高裁判所をなしているという点に歴史的特徴がある。法服貴族のほか、大法官も審理に加わる資格があるが、現在の大法官は首相の下に立つ閣僚であり、間違いなく党派的選任であるため、通常審理参加を放棄する旨を表明する。
また、「聖職貴族」と呼ばれる議員が存在している。カンタベリー・ヨークの大主教および20数名の上級主教が貴族院議員として籍を置いている。政教分離との矛盾を唱える人もいる[要出典]。
[編集] 注
- ^ このほかにも全員任命・20%選挙・40%選挙・50%選挙・60%選挙の各決議案があったがすべて否決された。