虚航船団
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『虚航船団』(きょこうせんだん)は、1984年に筒井康隆が発表した長編小説。
「文房具」「鼬(イタチ)族十種」「神話」の三章からなる書き下ろし。発表当時、その特異なストーリーと実験的な手法は大きな話題となり、評価は好悪ともに極端に分かれて論争の的になった。悪評・無理解に対しては著者自ら1988年に『虚航船団の逆襲』と題したエッセイ集の中で反論を試みている。
純文学への進出以降、本作以外にも『虚人たち』『残像に口紅を』『夢の木坂分岐点』など多種多様な実験小説を発表しているが、この作品は数年にかけて他の執筆依頼を断って専念して執筆された意欲作であり、これまでに習得してきた欧米の文学理論や舞台俳優としての経験から自ら提唱する「感情移入批評」を駆使したその実験性が極限にまで推し進められている。そのため、読者に対してもハイレベルの文学的素養が要求される。SF的発想力と言語実験を混交させた筒井康隆の旗印とも呼ぶべき作品の一つである。
[編集] ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
宇宙船団の中には文房具ばかりが乗り組む一隻の文房具船も加わっている。しかし乗組員たちは皆、長い航海のせいで多かれ少なかれ精神を病んでいた。
自分が他人からどう見えるかを病的に気にしているコンパス、激烈な色情に苦悶し続ける糊、男色家な上に自分を天皇だと妄想し第三者から「奏上」してもらわないと会話できない巨大な消しゴム、強迫観念的に自分の行為を数え続ける以外の思考を停止したナンバリング、サディストの筆の毛穎(毛筆の異名)、老化と死を極度に恐れる下敷き、殺人鬼のパンチ、自分が文具船に潜入したスパイだと妄想するチョーク、アルコール中毒の金銭出納簿…。
その他の乗員も全員、どこまで行くのかもいつ帰れるのかもなぜ航海しているのかも分からない航海のせいで発狂している。それでもなんとか彼らは航海を続けてきた。司令艦から「流刑地の惑星クォールを攻撃し住民を殲滅せよ」との命令が発せられるまでは。
流刑に処せられた凶悪なイタチ族10種が住む惑星クォールには1,000年の歴史があり、流刑当初は原始的な状態だったものが、わずかな年月で核兵器を開発できるレベルまで文明を発達させていた。彼らの歴史は残忍な刑罰や虐殺、共食いや復讐に満ちた血塗られた歴史である。しかし科学技術の発展は、流刑時に祖先が携えてきた情報の解読によって迅速に行われ、その速度は中世のレベルから人工衛星の開発まで約500年という脅威的な速度であった。
彼らの文明は、地球における宗教改革や世界大戦をなぞるように要領よくこなし、冷戦の時代に突入する。しかしクォールでは冷戦における恐怖の均衡が滑稽なスキャンダルによって破れ、核戦争が起こってしまう。それはちょうど文具船が住民殲滅に来襲したのと時を同じくしていた。
イタチの惑星クォールに来襲した文房具たちは命令通りに殺戮を繰り広げる。彼らは戦争の中で自らの狂気を発散させ、中には正気に戻る者さえいる。文明らしきものは惑星から壊滅するが、しかしイタチは逃げ隠れの天才であり多産でもありしかも穴を掘る。文房具たちはいつまでたってもイタチを全滅させることはできず、次第にイタチたちの反撃と自らの狂気によって自滅の道を歩んでいく。
鼬の文明は滅び、文房具たちも全て戦死し、あとに残されるのは荒れ果てた世界とわずかに生き残ったイタチたち、そして文房具とイタチの混血児であった。我が子の行く末を気遣い、また苛立つ母親イタチにお前はこれからどうするんだと聞かれた(本来次の世界を築くべき次の世代の代表である)混血児はこう答える。
「僕は何もしないよ、僕はこれから夢を見るんだ」