羽生田忠克
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羽生田 忠克(はにゅうだ ただかつ、1964年5月1日 - )は、プロ野球選手。本名は羽生田 忠之(はにゅうだ ただゆき)。ポジションは外野手。引退後は実業家。また、プロ野球マスターズリーグの札幌アンビシャスでもプレーする。現役時代は西武黄金期の貴重な控えとして活躍した。2006年までは茨城ゴールデンゴールズでコーチを、2007年は岩手21赤べこ野球軍団の監督を務めた(2007年7月下旬退団)。
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[編集] 来歴・人物
日本プロ野球史上ナンバーワンと言われた強肩を持ち、足も速かったが打撃の弱さと故障でスタメン定着には至らなかった。1987年5月6日の日本ハム戦で勝利目前に落球し、すぐさま矢のような返球を見せたのはあまりに有名な話である(この落球が元でサヨナラ負け)。その後、その時投げていた東尾修が監督になり羽生田はその時の借りを返そうと頑張ったが果たせなかった。
米教育リーグ在籍中はその送球の速さと正確さから、仲間たちから『ライフルアーム』のニックネームで呼ばれるようになった。 現役時代で最も肩が強かったときは遠投で130m。投げて本塁からセンターバックスクリーンまで掘り込んだり、東京ドームのスピーカーに直撃させたそうである。
入団初年の1983年から1988年までの登録名は羽生田 忠之(はにゅうだ ただゆき)
西武ライオンズ球団史上初の背番号0の選手であった。(1996年~1997年)
[編集] 略歴
- 身長・体重 1m78cm、73kg
- 投打 右/両
- 出身地 茨城県新治郡桜村(現つくば市)
- 血液型 B型
- 球歴・入団経緯 土浦日大高 - 西武ライオンズ(1983年~1997年)
- プロ入り年度・ドラフト順位 1982年(ドラフト外)
[編集] 通算成績
- 341試合 打率.258(446打数115安打)1本塁打 31打点 25盗塁