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研三 (航空機) - Wikipedia

研三 (航空機)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

研三(けんさん)は、東京帝国大学航空研究所(以下、航研)が基本設計し、川崎航空機が製造した日本陸軍の高速研究機。試作番号はキ78。研究用の一号機“研三中間機”と、速度記録用の二号機を製作する予定だったが、一号機の開発中に太平洋戦争に突入し、戦局の悪化もあり二号機は製作されなかったので、通常“研三”と言えば一号機のことを指す。

目次

[編集] 開発の経緯

1939年秋、陸軍は将来の高速戦闘機開発の参考にする為、世界速度記録更新を目標とする速度記録機の研究を航研に依頼した。しかし速度記録機の製作経験が無い日本で、最初からメッサーシュミットMe209が持つ世界速度記録755.138㎞/hに挑むのは無理があった。そこで航研は先ず最高速度700㎞/h程度の一号機を製作し、その開発及び実験データを基に速度記録用の二号機を製作することにした。これを、長距離記録機“航研機”、高高度実験機“航二(ロ式B)”に次ぐ航研三番目の研究機として“研三”と通称し、一号機はあくまで速度記録機への橋渡しということで“研三中間機”と呼ばれた。

1940年1月、山本峰雄所員を設計主任とした研三委員会を組織し、一号機の基礎設計を開始した。エンジンにはダイムラーベンツDB 601を選定したので。実機製作は液冷エンジン機製作の経験が豊富で、同エンジンのライセンス生産も手掛ける川崎航空機が担当することになった。

1940年4月、航研の基礎設計を基に、川崎側の設計主務者井町勇技師らが製作準備を進め、1941年3月から実機設計開始。同年5月モックアップ完成。翌1942年8月に設計を終了、同年11月には試作機が完成する。

[編集] 技術的特徴

[編集] エンジン

最高速度700㎞/hを達成するには、空気抵抗の少ない胴体形状に出来る、正面面積の小さい液冷列型の2,000馬力級エンジンが求められた。しかし国産では適合するエンジンが無かったので、ライセンス生産の見本用にドイツから輸入されたダイムラーベンツDB601Aa(離昇1,175馬力)を改造して使用した。主な改造箇所は、過給器のブーストアップ、純メタノール噴射、バルブオーバーラップの増大等。これにより最大出力は1,550馬力に向上、最大速度は計算上686㎞/hが可能となった。

また本来DB601の過給器は流体継手を用い、高度に応じて無段変速する仕組みになっていたが、低高度しか飛ばない研三用に、速度に応じて手動で三段階に変速する方式に変更された。過給器の空気取り入れ口は空気抵抗を減らす為に、Bf109飛燕の様な機首側面に張り出す方式を避けて、左主翼付け根前縁に開口した。

エンジン架はマグネシウム鍛造の一体構造としたので、アルミ合金製の半分程度に軽量化できた。

[編集] 主翼

翼断面に谷一郎所員が研究中の層流翼型「LB翼」を採用。主翼前縁にリベットの凹凸が有ると、そこで気流が乱れ層流翼の効果が低下するので、分厚い外板を小骨と隙間無く組み付け、付け根だけをリベットで固定した。ピトー管も前縁を避け、左翼上下面に取り付けられた。

研究段階では段差やリベットを無くす為に、主翼全体を鋳造の一体構造にする案も有ったが、強度に問題が有るので採用を見送り、一般的な前後二本の主桁を持つセミモノコック構造とした。主桁には超々ジュラルミンSSD合金を使用し軽量化と耐久性の両立を図っている。操縦翼面は高速飛行時に大きな負荷がかかる補助翼のみ金属張りとし、他は羽布張りとした。

主翼面積は11.0㎡と小さく、翼面荷重は200kg/㎡前後にもなるので、着陸速度が高くなることが懸念された。そこで着陸速度を160km/h以下に収める為に世界初の親子式フラップを採用した。親フラップはスロッテッド式、連動する子フラップはスプリット式となっていた。

[編集] ラジエター

操縦席後方胴体両側面に縦長の空気取り入れ口を持つ、高さ50㎜程の張り出しを設け、その中に前後二段の小型ラジエターを埋め込み式に取り付けた。後方の空気排出口にはフラップが有り、通気量を調整できた。

またラジエータ装備位置の胴体上下面は外板を二重構造とし、外板と内張りの間に冷却液を通し外気で冷却する補助的な表面冷却器になっていた。同様の仕組みでエンジンカウリングはオイル用の表面冷却器を兼ねていた。

[編集] キャノピー

空気抵抗削減の為、曲げ加工を施したプラスチックを組み合わせて曲面構成にした。天蓋もプラスチック製だが、開閉式ではなく、蝶ねじで固定するだけになっていた。天蓋を装着すると視界が悪化し、更に操縦席内に熱気がこもるので、ほとんどの飛行試験は天蓋を外したまま行われた。

[編集] 飛行試験概要

1942年12月26日、各務原飛行場にて初飛行に成功するが、引込脚の動作不良、エンジンオイルの温度過昇が発生した。1943年1月17日から行われた二回目以降の飛行試験でも、プロペラピッチ可変機構の故障、計器類の不調、昇降舵のフラッター発生等不具合が発生し、その都度改修を加えていった。特にエンジンオイルの冷却不足はカウリングの表面冷却器だけでは対応しきれず、4つあるラジエータの内一つをオイルクーラーに変更する等、数回に渡って改修を要した。

飛行特性は、各舵の効きも良く、宙返りや横転もこなせたが、離陸時にプロペラトルクの反作用で左に傾く癖が有った。着陸速度は親子式フラップの効果が大きく155㎞/hにまで抑えられたが、層流翼故の失速の早さに備え、170㎞/hで接地を行うようにした。

また非常に高い上昇性能を示したが、全力での上昇試験は行っていないので記録上の上昇率は19.1m/秒にとどまる。しかしテストパイロットによると計器読みで30m/秒に達したことがあると言う。

1943年10月5日の第二十四回目飛行試験でエンジンに振動が発生した為、二度目のエンジン換装を行ったのを最後に大きなトラブルは発生せず、12月には全速試験を開始した。12月27日、第三十一回目の飛行試験は、機体表面の凹凸をカバーする為、部分的なパテ埋めと、全面塗装を施し、風防天蓋を装着した状態で行い、日本のレシプロ機中最速となる699.9㎞/hを記録した。

1944年1月11日、第三十二回目の飛行試験が最後の飛行となった。その後、陸軍航空審査部の多摩飛行場に移動する予定だったが、着陸速度が高く降下角が深く取れない研三には、多摩飛行場周囲の雑木林が障害になること等から実行せず、そのまま各務原飛行場で終戦を迎えた。

[編集] 諸元

通称 研三中間機
試作名称 キ78
全幅 8.00m
全長 8.10m
全高 3.20m
主翼面積 11.0㎡
主車輪間隔 3.04m
自重 1,930kg
全備重量 2,424kg
発動機 DB601Aa改(最大1,550馬力)
最高速度 699.9km/h(高度3,527m)

[編集] 研三第二号機

世界速度記録更新用として最大速度800㎞/h以上を目標に開発する予定だったが、一号機開発の遅れ、戦局の悪化等で構想のみで終わり、具体的な設計は行われていない。構想段階では液冷X型(あるいはH型)24気筒3,000馬力級のエンジンを搭載し、主翼はアルミもしくはマグネシウムの鋳造翼で可変後退翼の装備や、無尾翼機とすることも考えられていた。当初の計画では1941年9月設計開始、1942年3月完成を目指していた。

[編集] 評価

欧米の戦闘機では対戦末期には実用機で700km/hを突破しており、実験用の機体ですら700km/hを突破できなかった事は、日本の航空技術の遅れとして語られる事がある。しかしながら研三の場合は高度3,527mという比較的低高度での記録である事を考慮すべきである。高度が低いほうが空気の密度が高く、空気抵抗が大きく、従って速度性能を発揮するには不利だからである。

また、戦後のアメリカのテストでは、キ83が762㎞/h、四式戦闘機が689km/hを記録するなど、ほとんどの日本機が日本でのテストよりも好結果を出している。米軍規格のハイオクタンガソリンを使用しているという事情はあるにせよ、少なくとも機体設計の面で速度性能に劣る訳ではないのは事実である。

むろん空気の密度が低い高空ではエンジンの出力低下が問題となるため、必ずしも高空において高速性能を発揮できるとは限らない。高空において速度を出すには、優れた過給器が必要となる。日本の航空技術の問題は、速度性能よりも、むしろ優れた過給器の開発が遅れた事により、高空性能に劣っていた事であろう。そういった意味で、低高度での速度記録に挑んだ研三の開発方針は、先見の明が無かったと言える。

[編集] 脚注


[編集] 参考文献

  • わが国航空の軌跡 研三・A-26・ガスタービン』(日本航空学術史編集委員会、1998年) ISBN 4-9980682-1-0
第1篇 「研三」高速機 p1~p121
最高速レシプロ機「研三」 p227~p276
  • 秋本実『研究機開発物語 高速力、高高度、航続力に賭けた国産機の全貌』(光人社NF文庫、2003年) ISBN 4-7698-2368-1
第五章 キ七八高速研究機(研三) p293~p332
「研三」高速研究機 キ-78 p224~p225
  • 松葉稔 作図・解説『航空機の原点 精密図面を読む4 日本陸/海軍の試作機』(酣燈社、1997年) p62~p69

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク



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