欧州懐疑主義
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欧州懐疑主義(おうしゅうかいぎしゅぎ、英:Euroscepticism )とは、ヨーロッパの統合過程に対して反発する理念や思想。ユーロスケプティシズム、 EU 懐疑論などともいう。もともとはイギリスで欧州経済共同体 (EEC) に加盟するとことに党として賛成した労働党や保守党の内部でも懐疑的であった一派のことを指していた。その後欧州懐疑主義の示すものは拡大され、欧州連合 (EU) そのものやその政策、ユーロの導入、将来における超国家、連邦制、国家連合といった形態の汎ヨーロッパ的な統合体の設立・移行といったものに対する懐疑論や批判論も指すようになった。欧州懐疑主義 "Euroscepticism" という言葉はほかのヨーロッパの言語にも外来語や翻訳借用といった形で浸透し、ドイツ語では Europaskepsis という言葉が使われるようになった。
欧州懐疑主義は国民国家、国家主権といった概念と関連づけられることがあり、典型的なものとしてローマ条約前文にある「限りなく連合体に近い ( “ever closer union” ) 」という表現が主権侵害に当たると懸念から煽り立てられることがある。しかし欧州懐疑主義はイデオロギーとしては十分な定義がなされておらず、また懐疑論者もヨーロッパに対する展望と、その展望と現実との違いの感じ方によってさまざまである。すなわち、ヨーロッパの「連合体」(または別の名称」について異なる形態を模索する者もいれば、ヨーロッパの統合過程を転換させようと考える者、居住する国を EU から脱退させようとする者、 EU そのものを完全に解消させようとする者など、欧州懐疑論者とはさまざまなものを指す。また EU の政治をきわめて官僚的で非民主的と考えるものもおり、そのため解消という手段ではなく EU という枠組み内で変えていこうとするものもいる。
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[編集] ヨーロッパの政治への影響
当初、欧州懐疑主義は北欧諸国で色濃く見られた。例えばイギリス、スウェーデン、デンマークは欧州連合の経済通貨統合 (EMU) には完全に参加していない。非加盟国であるノルウェー、アイスランド、またスイスもとりわけドイツ語圏の州では EU との関係の拡大や加盟について消極的である。近年では中東欧の比較的新しい加盟国や、長年加盟を求めてきたトルコにおいてですら EU に懐疑的な傾向が強まっている。
EU の世論調査実施機関である Eurobarometer によると、自国は EU に加盟していることで利益を受けていると感じているかという質問に対して、「はい」と回答したのはスウェーデンでは10人中3人未満、イギリスでは10人中4人強にとどまっている。大陸ヨーロッパ諸国では EU 支持の傾向が強いものの、すべての国において何らかの形態で懐疑的な動きが存在している。2004年の新規加盟国の中ではチェコが最も懐疑的であるという傾向がある。
欧州懐疑主義は次のような形で表れている。
- 2005年、フランスとオランダで欧州憲法条約批准が国民投票で拒否される。
- ノルウェーで EU 加盟が過去2度にわたって国民投票で拒否される。
- スイスで欧州経済領域 (EEA) 参加が国民投票で拒否される。
- デンマークでマーストリヒト条約批准が国民投票で拒否される(のちに改めて国民投票が実施され、批准が承認される)。
- デンマークでユーロ導入が国民投票で拒否される。
- アイルランドでニース条約批准が国民投票で拒否される(のちに改めて国民投票が実施され、批准が承認される)。
- スウェーデンでユーロ導入が2003年9月14日実施の国民投票で拒否される。
- アイスランドが EU に未加盟である。
- グリーンランドが1979年の自治権を得たさいに、 EU (当時はEEC)の脱退を選択する。
- イギリスがシェンゲン協定や EMU に消極的である。
- フィンランド大統領選挙で、 EU 脱退を唱えたティモ・ソイニが事前の世論調査を上回る3.4%の得票率を得た。
[編集] 問題
欧州懐疑主義で焦点となっている問題は国ごとに異なっている。
EU 域外のヨーロッパ諸国では加盟したさいに不利となる点に関心が集まっている。例えばノルウェーの場合であると EU の共通漁業政策の影響が最も懸念されている。既存の加盟国で通貨統合の対象外となっているイギリス、デンマーク、スウェーデンでは、 EU に関与していることによるほかのさまざまな点に加えて、ユーロを導入したときの不利となる点が注目されている。また EMU に反対する主張には、安定成長協定が一貫性なく適用されるという不満や、最近ではユーロを導入しないことを選択した諸国の経済圏と比較して、ユーロ圏の成長が鈍いということに基づくものもある。
多くの欧州懐疑論者が EU に内在する特性を問題に挙げている一方で、一部には EU という理念そのものが、自らが主体となる非民主的な超国家を創設しようと目論む官僚の謀略であるという主張を唱える者がいる。
[編集] 中央集権的体制
欧州懐疑論者は集権化されたヨーロッパ超国家体制、例えばアメリカ合衆国に倣ってヨーロッパ合衆国を創設するようなこの考え方は、現在の統合論者の潮流から当然の帰結と見られているが、そういったものには反対している。この概念は決してすべてではないが一部の汎ヨーロッパ主義者で議論されている。
[編集] 主権の軽視
欧州懐疑論者は国家主権を軽んじると見ている現在、あるいは過去に提起された議論についても反対している。
- 欧州緊急対応部隊の創設案
- 欧州憲法条約草案
- 欧州検察庁の設立案、欧州司法機構 (Eurojust) の設立
- 欧州刑事警察機構 (Europol) の強制力を持つ権限の拡大
- 税制や生活保護の調整
- 加盟各国が法案に拒否権を行使することができる欧州理事会における、全会一致を要する政策分野の削減
懐疑論者は EU の機構について、各国の議会の関与を強めるなどの急進的な修正や、自国の EU 脱退を唱えるなどの行動をとっている。
[編集] 司法・内務の調整
一般的に欧州懐疑論者はヨーロッパ全体での刑事司法制度の調整は不要であると考えている。懐疑派は司法協力の強化はテロリストや国際犯罪組織に対する抑止力になるとする汎ヨーロッパ派の主張の正当性を疑問視している。また懐疑派は、司法や法体系に関する議論についての集権的な決定に向かわせる動きは EU の文化的な意識に対する配慮の欠如の具体例であるとしている。
欧州懐疑論者の多くは、多少の差があるものの現行の EU の司法制度はすべて犯罪に対する適切な防衛策であると認識している一方で、一部、中にはイギリス議会議員も含まれているが、このような者の間では大陸法の体系は推定無罪やそのほかの保証といった点で十分な保護規定を持たないとしており、英米法の体系とは相容れないとしている。しかしながらこのような保証規定は欧州人権条約において規定されており、すべての EU 加盟国は同条約に調印しなければならない。
[編集] 欧州議会における懐疑論
2004年、イギリス、ポーランド、デンマーク、スウェーデン出身の計37名の欧州議会議員はかつての民主主義と多様性のヨーロッパ (EDD) に由来する新会派「独立と民主主義」を結成した。新会派の主たる目的は欧州憲法条約の破棄と欧州統合のさらなる進展の反対である。会派内の一部の議員団、とりわけイギリス独立党はイギリスの完全な EU 脱退を主張している。独立と民主主義の指導者には、欧州議会に10人の議員がいるイギリス独立党のナイジェル・ファリッジや、デンマークのイェンス=ペーター・ボンデがいる。
右派会派の諸国民のヨーロッパ、左派の統一会派である欧州統一左派や欧州緑の党・欧州自由連盟もまた懐疑的な立場にある。イギリスにおいて大勢として懐疑的である保守党は、主に汎ヨーロッパ的である欧州人民党・民主グループに属している。
[編集] 各地における懐疑論
[編集] フランス
[編集] 1970年代
1978年、当時の大統領ヴァレリー・ジスカール・デスタンの政敵であるジャック・シラクは著書 Appel de Cochin において、汎ヨーロッパ主義者であるデスタンが結成したフランス民主連合を「外国人の党」と評している。
[編集] 近年
労働党やジャン・ピエール・シュヴェーヌマン、共産党といった左派勢力が欧州懐疑派に挙げられる。これらの勢力は EU について、自由経済、自由貿易、行政サービスや社会保障の緩やかな崩壊、テクノクラシーの加速といった不評の経済政策をなすものであり、これらは右派勢力の政治によるものであるが、フランス社会に押し付けるものであると見ている。左派勢力では欧州憲法条約について同様の見方を持つものの意見が分かれている。共産党と社会党の一部は欧州憲法条約は「超自由主義的な」市場政策を不可逆のものにするとして反対したが、社会党の大部分は党内での投票で欧州憲法条約について現行の政策が改善されると判断した。
右派では、国民戦線のジャン=マリー・ル・ペンやフィリップ・ド・ヴィリエが懐疑論者である。これらの政治家はフランスの独立性を低下させることや、トルコのような本質的にヨーロッパでないと考えている国の EU への統合に反対している。ル・ペンはまた共通農業政策にも反対しており、フランスへの外国農産品などの輸入に対しても保護主義的な政策を掲げている。トルコの統合については、元大統領のジャック・シラクは支持していたが、2007年の大統領選挙で選出されたニコラ・サルコジなど多くは反対している。
[編集] イギリス
イギリスにおいて欧州懐疑主義をめぐる議論は、 EU (当初は EEC ) の発足以来、大きな政治課題となっており、イギリスが EU に加わった今もなおその風潮は減退していない。
そもそも Eurosceptic という言葉は EU 賛成・反対という議論で用いられてきたものである。国家や議会の独立性といった EU に対する批判を重視すべきだという立場にある欧州懐疑派では、聞こえの良い「汎ヨーロッパ主義」の反義語として「欧州懐疑主義」は消極的な印象があり、欧州統合を唱えるものにとって修辞的に有利であるという意見がある。
レトリックな点での不利を回避するために、「欧州現実主義」という言葉が代わりに作り上げられた。しかし、近年欧州現実主義という言葉は欧州懐疑主義よりも緩やかな意味合いを指すようになり、 欧州現実主義では EU からの離脱や完全な解体は必ずしも必要ではなく、むしろある程度の機構の修正で済ませようという考え方を表すものとなった。
ほかに同義語として「欧州批判主義」や侮蔑的に表すものとして「欧州嫌悪主義」といった言葉が見受けられることがある。また単純な形容詞として「反 EU 」という言葉も使われるが、ほとんどの場合においてこれは類義語とみなされておらず、イギリスの欧州懐疑派はイギリスの EU 脱退を模索しているのではなく、組織の大幅な改革を推し進めようとしているのである。
欧州懐疑派の多くは自らの反対の立場を示すものとして汎ヨーロッパ主義という言葉を用いることには反対している。欧州懐疑派は自らの汎民主主義的イデオロギーのほうが連邦主義の者よりも汎ヨーロッパ的であるという立場を崩していない。欧州懐疑派では自らの反対の立場にあるものを「欧州愛好主義」などと呼称し、その理念を EU 支持、連邦主義、統合主義、欧州中央主義としている。
またイギリスの欧州懐疑派はメートル法化に反対しており、これを EU による押し付けと考えている。
[編集] 中東欧
中欧の新しい加盟国では欧州懐疑論者の中で EU の官僚制や社会主義者の風潮は成熟した西欧諸国の経済には適しているかもしれないが、いまだ脆弱な旧共産圏では経済に予期せぬ停滞を招く可能性があるという議論があがっている。新規加盟国の政府が EU の求める要件に法令を整備するため、既存の加盟国がそのような法令を採択していない場合でも、財政拠出を実施しようとするときにこのような考え方が大きく取り沙汰される。汎ヨーロッパ主義者は、規制による負担は加盟後の経済成長で適合できるようになるものであり、 EU 内では新規加盟国が経済成長率を改善することができるとしている。
このほかに、新規加盟国が非加盟の隣国との国境において、 EU の水準での管理を実施しなければならないという必要性が問題視されている。例えばポーランドとウクライナの国境地帯で大きな影響が起こっている。 EU の査証制度導入により、隣国との国境を越えた通商が大幅に減少し、ポーランドの最貧地域では零細企業の多くが倒産した。このことから一部では、ポーランドの EU 加盟はウクライナに対する背信行為であり、結局のところロシアの影響圏に押し込むことになりかねないのである。経済学者の多くは、利益は平等に配分されないものの、1国単位の規模で見ると EU 域内での移動や開業の自由が与えられることによってこのような不利益は相殺されるとしている。
また EU に対する批判として、東欧地域での近年の民族国家主義の隆興を防ぐことができないというものがあり、その例としてコソボが挙げられる。 EU は西欧諸国で機能するモデルを、東欧における異なる生活実態をまったく考慮せずに当てはめようとして非難され、このようなアプローチによって解決どころか問題がこじれるという主張がなされることがある。
ルーマニア、スロバキア、クロアチアの一部では、ハンガリーの民族統一主義者が東欧地域において EU によって造られた新たな基盤を手に入れたという主張がある。ハンガリーの政治家は近隣諸国の内政問題に自分たちが関与することが EU の規則により可能になったというのである。非難の対象となった最たる例として、ハンガリーが民族的少数の権利の正当な概念を、周辺地域におけるさまざまな形態の報復主義的行為を促進するために適用しようとしたことが挙げられる。ハンガリーは民族の概念を再定義する内容の身分法を修正し、経済的、社会的、文化的特恵を受ける対象を近隣諸国に所在するハンガリーの民族に拡大することでこの考え方を後押ししている。なおこの近隣諸国とされているルーマニア、スロバキア、クロアチア、ウクライナは2001年にこの法律に反対している。欧州評議会の機関である法による民主主義のための欧州委員会(ヴェニス委員会)がルーマニアにより招集され、ハンガリーの行動を批判している。
[編集] 宗教団体からの懐疑論
EU は一部の宗教団体からも強い批判を受けており、とりわけ福音派からは天啓的史観について批判されている[1]。 EU は世俗的ヒューマニズムにきわめて強く根付いており、その政策において伝統的なキリスト教を破壊しているとして不満を抱いている。中には EU を聖書の予言にある単一世界帝国の始まりと表現する者もいる。福音派の啓示書の解釈によると、ゆくゆくこのような帝国は反キリストのような単一の支配者によって導かれるとされている。この観点に関する議論には EU の象徴主義におけるオカルト的な重要性や、 EU の政策の非キリスト教的性質[2]、公式文書における三位一体説の言及拒否[3]、民族のアイデンティティを否定してヨーロッパ民族という概念の奨励が含まれている。またポーランドのセクトであるラジオ・マリヤとその指導者であるタデウシ=ルィジクは EU に強く反発している。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ David R. Reagan, Europe In Bible Prophecy
- ^ The Christian Institute, European Threat to Religious Freedom
- ^ B.A. Robinson, DO "GOD" AND "CHRISTIANITY" HAVE A PLACE IN THE EUROPEAN UNION CONSTITUTION? Ontario Consultants on Religious Tolerance 2003年5月29日
[編集] 外部リンク
[編集] 世論研究
- 欧州委員会による欧州懐疑主義関連の統計 (英語ほか19言語)
[編集] 欧州懐疑主義を掲げるサイト
- 欧州議会会派「独立と民主主義」 (英語、フランス語)
- The Better Off Out Campaign (英語)
- The Democracy Movement (英語)
- Democracy in Europe (英語)
- Sovereignty (英語)
- The European Foundation (英語)
- Free Europe Vote Initiative (英語)
- イギリス独立党 (英語)
- イギリス民主党 (英語)
- Eurorealist (英語)
- Bruges Group (英語)
- Research Centre Free Europe (英語)
[編集] EUへの批判を唱えるサイト
- European Commission Propaganda Comic (英語)
- The European Parliament should be located in Brussels (英語) - 欧州議会のブリュッセル完全移転を訴える。
[編集] 欧州懐疑主義への反論
- 欧州委員会出版局(ロンドン) (英語)
- Benefits of European Union membership (英語ほか19言語) - EU ポータルサイト"Europa"内
- Europe In 12 Lessons (アイルランド語を除く EU 公用22言語) - EU ポータルサイト"Europa"内
- Britain in the EU 外務英連邦省 (英語)