来民開拓団
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来民開拓団(くたみいみんだん)は、満州開拓団の一つで、熊本県のある被差別部落の住人によって組織されたものである。入植地はハルピンの南西部。
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[編集] 歴史的意義
日本史上唯一の、国策によって行われた部落出身者の海外移住である。
[編集] 背景
部落には融和運動(戦前の日本で盛んだった社会運動で、右翼や富裕層の力を借りて部落の地位向上を目指そうとするもの)の有力者の一人がいた。
[編集] 悲劇的結末
日本の敗戦時に軍から見捨てられ、地元民の襲撃を受け、集団自決した。徴兵などで開拓地に居合わせなかった者は助かったが、それ以外は276名中生き残ったのは1名だけだった。戦後、生き残った帰国者を待ち構えていたのは、「身内殺しの部落民」という嘲笑だった。
[編集] 参考書籍
- 高橋幸春 著『絶望の移民史―満州へ送られた「被差別部落」の記録』毎日新聞社