本庄藩
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本庄藩(ほんじょうはん)は、武蔵国(現在の埼玉県本庄市)に存在した藩。
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[編集] 藩史
小田原征伐で後北条氏が滅亡した後、関東には徳川家康が入ったが、このとき、家臣の小笠原信嶺が本庄に1万石で入部した。信嶺は小笠原長時で有名な信濃守護・小笠原氏の一族で、武田氏滅亡や織田信長の横死を経て、家康の家臣となっていたのである。信嶺は慶長3年(1598年)に死去し、その後を小笠原信之が継いだ。信之は徳川四天王の筆頭・酒井忠次の三男で、信嶺の養嗣子となっていた。
信之は慶長17年(1612年)、下総国古河藩2万石に加増移封され、ここに本庄藩は廃藩となった。
[編集] 歴代藩主
[編集] 小笠原(おがさわら)家
1万石。譜代。
藩祖. 小笠原信嶺(のぶみね)
- 小笠原信之(のぶゆき)