姿勢制御
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
姿勢制御(しせいせいぎょ、Attitude control)とは姿勢を制御すること。姿勢とは物体を特定の観測点から見たときの位置と方向であり、ベクトルで表される。姿勢制御という用語はロボットに関しても用いられるが、本項では人工衛星や宇宙船の姿勢制御について説明する。
目次 |
[編集] 概要
人工衛星や宇宙船の場合、観測機器を観測対象に向ける必要や通信アンテナを正しい方向へ向けるためや、主推進機関の方向のために、衛星や船体の全体の向きを制御する必要がある。また有人宇宙船で船体が回転していると、船内・船外活動に支障をきたすため、姿勢制御が必要となる。
次のような制御ループによって姿勢制御が行われる。
[編集] 高度制御
高度制御(Altitude control)とは、人工衛星や宇宙船とそれに重力を及ぼしている天体の位置関係を制御することである。
[編集] センサ
- ジャイロスコープ
- 外部を観測せずに3次元の回転を検出する機器。以前は回転する円盤を持った機械式のジャイロスコープを使っていたが、今ではミラー式を経て、光ファイバーを使った光学式のレーザー・リング・ジャイロスコープもある。これらはサニャック効果を利用している。ジャイロスコープは回転変化を検出するだけであるため、初期の方向を設定する必要がある。ジャイロスコープは徐々に誤差が拡大してくため、時折修正する手段が必要である。正しい姿勢を把握できる時間はせいぜい10時間以内とされている。
- Horizon indicator(地平線検出器)
- 地球の大気のフチ、すなわち地平線からの光を検出する光学装置。走査型と凝視型がある。地球の夜側であっても使える赤外線方式のものが多い。2つの直交軸について、地球との関係で姿勢(向き)を知ることができる。恒星の観測に基づくセンサよりも精度が悪い傾向がある。
- Orbital Gyrocompassing(軌道ジャイロコンパス)
- 軌道ジャイロコンパスは地平線検出器で地球の中心の方向を定め、ジャイロの正しい回転軸を求めている。従って、地平線検出器が横揺れ(pitch)や縦揺れ(roll)を検出し、ジャイロが偏揺れ(yaw)を検出する。
- Sun sensor(太陽センサ)
- 太陽の方向を測る機器。太陽電池と日よけのような単純な構成もあれば、操作可能な望遠鏡のような複雑な構成の場合もあり、ミッションの要求レベルによって異なる。
- Star tracker(恒星追跡機)
- 太陽を除く1つまたは複数の恒星の方向を測る光学機器。光電セルや半導体カメラを使って恒星を観測する。一般に姿勢を知るために使われる明るい恒星は57個存在する。最もよく使われるのはシリウスである。しかし、より複雑なミッションでは天体暦データベース全体を使って方角を識別する。恒星追跡機は高感度でなければならず、後述するスラスターが噴射するガスによって太陽の光が反射されると、恒星を見失うことがある。
[編集] 制御プログラム
制御プログラムは、センサ類のデータから目標姿勢に必要なトルクを求め、アクチュエータを制御する。このアルゴリズムは、単純なフィードバック・ループ制御からフィードフォワードループ制御、複雑な非線型制御まで様々である。
[編集] アクチュエータ
- スラスター
- 最も一般的な手法。モノプロペラントロケットであることが多く、3軸の安定を図る姿勢制御システムの一部として使用される。姿勢制御システムの燃費は、スラスターの排気速度と最小トルクインパルスの大きさに依存する。機体の回転を低減させるには、そのトルクと同程度のトルクを逆方向にかける必要がある。ある方向にスラスターを噴射した場合、誤差に対応するために、数十秒後に逆方向にスラスターを噴射する必要がある。搭載燃料を消費するため、使用には制限がある。多くの人工衛星では搭載燃料の量が寿命を決定する。燃料消費を計画された範囲内に抑えるため、微妙な機体の回転を低減させる場合は、太陽電池の電力をつかってイオン化されたガスを低速で噴射するような、低推力のバーニヤ・スラスターが使われる。
- 回転による安定
- 機体を回転させることでその進行方向を安定させる。これは打ち上げの最終段階で姿勢を安定させるためによく使われる手法である。機体全体が主エンジンの推力軸を中心として回転される。最終的な軌道に乗ったときにその回転は何らかの手段で停止させられることもあるし、そのまま回転し続けることもある。回転したままにする人工衛星というのは、それほど高い精度を必要とせず、かつ軌道が変更されることがない場合に限られる。また、何らかの観測機器で天球や地表を走査する場合にも回転したままにしておくことがある。
- モーメンタムホイール
- 電動モ-ターで重さのある円盤を回転させて、機体の回転を打ち消す仕組み。モーメンタムホイールの軸受けは真空での長期間動作のために磁気軸受が使われる事が多い。3次元の姿勢制御のためには、最低2つのホイールが必要であり、故障に備えるなら予備のホイールも必要となる。
- コントロール・モーメント・ジャイロスコープ(CMG)
- コントロール・モーメント・ジャイロスコープは、姿勢制御のためにジンバル上に設置され、一定速度で回転するローター。CMG はジャイロの回転軸に直角な2軸について制御を提供するものであり、3次元の姿勢制御には2つの装置が必要となる。CMGによるトルクは大きく、モーメンタムホイールよりも大型の宇宙船に適している。問題点は複雑であるために故障しやすい点である。このため、国際宇宙ステーションでは4台のCMGを装備して故障に備えている。
- 太陽帆
- 太陽帆は光の反射の際に生じる力を推進力にする機器であり、小型の太陽帆は姿勢制御や速度調整に使うこともできる。地球からの制御に長い遅延が生じる遠距離のミッションで、燃料消費を抑える目的で使われる。例えば、パイオニア10号が例として挙げられる。
- 重力勾配による安定
- 天体を周回する軌道では、機体の1つの軸が他の2軸よりも長い場合、その長い軸が天体の質量の中心を指すような姿勢で自然に安定する。これが潮汐力安定化であり、能動的な姿勢制御や燃料消費を必要としない。このようになる原因は潮汐力である。機体の上端は下端ほど引力を感じない。長軸が重力加速度の方向でない場合、復元トルクが働く。従って、何らかの制動方法がなければ、機体が振り子のように発振する可能性がある。人工衛星の2つの部分をテザーで結ぶ形態にして、制動トルクを増加させることがある。テザーを使う場合の問題点は、微小な星間物質であってもテザーを破損する恐れがある点である。
- 磁場
- 磁場が存在する空間では、電磁石や永久磁石を使ってトルクを発生させることができる。典型的な例として電気力学的テザーがある。
- 完全に受動的な姿勢制御
- 重力勾配と磁場を組み合わせて利用することで、完全に受動的な姿勢制御システムを構築できる。機体はエネルギーが最小となる点を中心に発振することになるため、正確さに欠ける面はあるが、何らかの制動機構を備えれば克服可能である。
[編集] 外部リンク
- 上手な衛星姿勢制御系の作り方 JAXA
- 人工衛星の姿勢を制御する高性能機器の開発 JAXA