塩酸
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塩酸 | |
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一般情報 | |
IUPAC名 | Hydrochloric acid |
別名 | |
分子式 | HCl |
分子量 | 36.46 g/mol |
組成式 | |
式量 | g/mol |
形状 | 水溶液 |
CAS登録番号 | [7647-01-0] |
SMILES | |
性質 | |
密度と相 | g/cm3, |
相対蒸気密度 | (空気 = 1) |
水への溶解度 | g/100 mL ( °C) |
への溶解度 | g/100 mL ( °C) |
への溶解度 | g/100 mL ( °C) |
融点 | −26 °C(38%水溶液) |
沸点 | 48 °C(38%水溶液) |
昇華点 | °C |
pKa | |
pKb | |
比旋光度 [α]D | |
比旋光度 [α]D | |
粘度 | |
屈折率 | |
出典 |
塩酸(えんさん)は、塩化水素(化学式 HCl)の水溶液。強い酸性を示す。
市販の濃塩酸は塩化水素と水を混合できる上限の濃度(飽和濃度)の塩化水素水溶液であり、37重量% = 12 mol/L の物が一般的である。滴定用や医薬品として濃度調製された製品も販売される。試薬として販売されている塩酸(約35%、特級や一級など)を適度に希釈した(薄めた)塩酸という意味で、通常「希塩酸」として流通する。
目次 |
[編集] 歴史
800年ごろ、錬金術師ジャービル・イブン・ハイヤーン(ラテン語名ゲベル)により塩とヴィトリオール(vitriol, 硫酸のことを示す)を混合することによって発見された。ジャービルは多くの化合物を発見・発明し、それらを20冊以上の本に著すことによって、塩酸や他の基本的な化合物に関する化学的知識を何百年にもわたって伝え続けた。彼が発明した塩酸と硝酸からなる金を溶かす液体、アクア・レギア(aqua regia, 王水)は賢者の石を捜し求める錬金術師たちに貢献を与えた。
中世、塩酸はヨーロッパの錬金術師たちに塩精 (spirit of salt) あるいは acidum salis として知られていた。塩化水素ガスは海酸気 (marine acid air) と呼ばれた。系統的な命名法ができる前の古名 muriatic acid も語源は同じである(muriatic は「海水や塩に由来する」という意味を持つ)。15世紀のドイツ・エアフルトの錬金術師・ベネディクト会修道士であったバシリウス・バレンティヌスによる製造が記録されている。
17世紀にドイツ・カールシュタット (Karlstadt am Main) のルドルフ・グラウバー (Johann Rudolf Glauber) は硫酸ナトリウムの合成に塩と硫酸を使い、塩化水素ガスを発生させた。イングランド・リーズのジョゼフ・プリーストリーは1772年に純粋な塩化水素を作り出し、イングランド・ペンザンスのハンフリー・デービーは1818年に水素と塩素を含む化合物であることを示した。
ヨーロッパにおける産業革命の時代にはソーダ灰などのアルカリの需要が増し、ニコラ・ルブランによって新しい工業的合成法が開発され、安価な大量生産が可能になっていた。ルブラン法では硫酸、石灰石、石炭を用いて塩をソーダ灰に変換するため副生物として塩化水素を発生させるが、1863年にアルカリ法が制定されるまで全て大気中に放出されていた。同法の制定後、ソーダ灰の製造者は排ガスを水に吸収させることを義務付けられたため、工業規模で大量の塩酸が製造されることになった。
20世紀初頭にはルブラン法はより効率的なソルベー法に置き換えられ、副生物として塩酸を発生させることはなくなった。しかし、このとき塩酸は多くの用途を持つ重要な化合物となっていたため、新たな製造法が開発された。今日ではその大部分が工業的有機合成法によって得られた塩化水素を水に溶かすことによって作られている。
ヘロインやコカインの製造にも使われるため、麻薬及び向精神薬不正取引防止条約においてテーブル II 前駆体に指定されている。
トイレ用の洗剤としても用いられ、塩酸を主成分としたものが一般に市販されている。
本来は塩化水素酸と呼ぶべきものだが、歴史的な経緯から酸素を含む酸と同じように、塩酸と呼ばれている。([1])
[編集] 性質
化学的性質は塩化水素の項に詳しい。水溶液としての性質を以下に挙げる。
- 硫酸、硝酸と並ぶ一般的な強酸の一種であり、水素よりもイオン化傾向の大きい金属と反応し水素を発する。よって濃塩酸であっても銅、銀、白金、金などを溶かすことはできない。
- (例)亜鉛との反応
- 水酸化ナトリウムとの中和により、塩化ナトリウムを生成。
- ほかの水酸化物でも同様の中和反応が起きる。
- 高濃度の塩酸、揮発した塩化水素によりアンモニアと反応して白煙(塩化アンモニウム)を生成する。
[編集] 安全性
[編集] 製法
[編集] 直接合成
電解槽などから発生する塩素と水素を燃焼させて塩化水素ガスを生成させる。次に、塩化水素ガスを水に吸収させて塩酸を製造する。1 mol 当り 92.5 kJ の反応熱を取り除くため、製造工場では大量の冷却水を消費する。
[編集] 有機合成
塩酸の主要な供給源は、テフロン、フロン、クロロ酢酸、ポリ塩化ビニルなど、塩素化またはフッ素化された有機化合物を製造する際の副生物である。この場合しばしば製造場所で他の工程にそのまま用いられる。次に示す化学反応によって、炭化水素の水素原子が塩素原子に置き換えられ、遊離した水素原子は塩素分子の残りの塩素原子と結合し、塩化水素となる。フルオロ化する場合は塩素原子と置換反応を行うため、再び塩化水素が生成する。
発生した塩化水素はそのまま再利用されるか、水に溶かして工業用品質(テクニカルグレード)の塩酸とする。
[編集] 工業市場
塩酸は 38% までの HCl を含む溶液(濃塩酸)として販売される。40% を少し越える程度の高濃度の塩酸を作ることも化学的には可能だが、蒸発の速度が高くなりすぎるため保存や取り扱いの際には圧力、温度などに特別の注意を要する。洗浄など日常用の用途には 10% から 12% の濃度の塩酸が販売されており、これを薄めて使用することが強く勧められている。
主要な製造企業はダウケミカル社(塩化水素ガスとして2メガトン/年)、フォルモサプラスティック(台湾プラスティック)社、ジョージア・ガルフ社、東ソー、アクゾノーベル社、テッセンデルロ社(それぞれ0.5から1.5メガトン/年)である。全世界での製造量は(比較のため)塩化水素としておよそ20メガトン/年で、うち3メガトン/年が直接合成によるものである。大部分は製造者によってそのまま使用される。全世界での流通量はおよそ5メガトン/年である。
塩酸の2004年度日本国内生産量は 2,324,074 t, 消費量は 775,464 tである。
[編集] 参照資料
- 日本国 経済産業省・化学工業統計月報
- Chemicals Economics Handbook, Hydrochloric Acid, SRI International, 2001, p. 733.4000A-733.3003F.