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ミンコフスキー空間 - Wikipedia

ミンコフスキー空間

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

物理学数学におけるミンコフスキー空間(ミンコフスキーくうかん)またはミンコフスキー時空(ミンコフスキーじくう)とは、アルバート・アインシュタインによる特殊相対性理論を定式化する枠組みとして用いられる数学的な設定である。この設定の下では通常の三次元の空間が一次元の時間と組み合わされ,時空を表す四次元多様体を考えることになる。ドイツ数学者ヘルマン・ミンコフスキーにちなんでこの名前がつけられている。

目次

[編集] 構造

形式的にはミンコフスキー空間とは、四次元のベクトル空間に符号 (-,+,+,+) の非退化な対称双線形形式を与えたものだということができる。ミンコフスキー空間の元は事象または4元ベクトルとよばれる。ミンコフスキー空間は計量の符号を強調するためにしばしば R1,3 と書かれるが、M4 や、単に M という表記もみられる。

[編集] ミンコフスキー内積

ミンコフスキー空間における内積は通常のユークリッド空間における内積と見かけ上似通ったものだが、相対性理論のための幾何など別の種類の幾何的な構造を説明するために用いられる。M を4次元の実ベクトル空間とするとき、M 上のミンコフスキー内積とは写像 η : M × MR(つまり、任意の M のベクトル V, W に対し実数 η(V, W) を考えることになる)であって、次の4つの条件を満たすもののことである:

  1. 双線形性: η(aU + V, W) = aη(U, W) + η(V, W) (∀a ∈ R, ∀U, V, W ∈ M)
  2. 対称性: η(V, W) = η(W, V) (∀V, W ∈ M)
  3. 非退化性: 任意の W ∈ M について η(V, W) = 0 ならば V = 0
  4. ミンコフスキー符号: 内積 η は符号 (-,+,+,+) をもつ

ここで、はじめの三条件から正定値性(V ≠ 0 ならば η(V, V) > 0)は従わず、これらを満たす写像は通常の意味での内積とは限らないことに注意しなければならない。つまりベクトル Vミンコフスキーノルムの二乗 V2 = η(V, V) は正の数になるとは限らないし、V が零ベクトルでなくても 0 になることがありうる。ここで正定値性はより弱い条件である非退化性に置き換えられており、この内積は不定な内積だといわれる。

ユークリッド空間と同じように、η(V, W) = 0 となっているとき二つのベクトルは直交しているといわれる。しかし、ミンコフスキー空間では二つのベクトルが張る平面の上で η が常に負になるような場合をも考えることになる。この現象は通常の複素平面が持つユークリッド構造に対する変形として考えられる二次元のクリフォード代数

A = R.1 ⊕ R.v, v2 = 1

の類似と見なすことができる。

ベクトル VV2 = ± 1 を満たすとき単位ベクトルとよばれる。互いに直交する単位ベクトルからなる M の基底は正規直交基底とよばれる。シルベスターの慣性律(あるいはグラム・シュミットの正規直交化法)によって、上の条件 1-3 を満たす内積は必ず正規直交基底をもち、基底に現れる正の単位ベクトルと負の単位ベクトルの数は基底の取り方によらないことが従う。この、基底に現れるベクトルの正負の数の対は考えている内積の符号とよばれる。従って、ミンコフスキー内積は正の単位ベクトル三つと負の単位ベクトル一つからなる正規直交基底を持つことになる。

[編集] 標準基底

ミンコフスキー空間における標準基底とは、互いに直交したベクトルの組 (e0, e1, e2, e3) で

-(e0)2 = (e1)2 = (e2)2 = (e3)2 = 1

を満たすもののことである。これをまとめて

<eμ, eν> = ημν

と書くこともできる。ここで、μν は 0, 1, 2, 3 の値をとり、行列 η

\eta = \begin{pmatrix}-1&0&0&0\\0&1&0&0\\0&0&1&0\\0&0&0&1\end{pmatrix}

で与えられる。

標準基底に関してベクトル V を (V0, V1, V2, V3) と成分表示したとき(アインシュタインの縮約記法では V = Vμeμ と書く)、成分 V0V時間成分とよばれ、ほかの三つの成分は空間成分とよばれる。

成分を用いれば二つのベクトル VW との内積は

<V, W> = ημνVμ Wν = -V0W0 + V1W1 + V2W2 + V3W3

とかけ、ベクトル V のノルムの二乗は

V2 = ημνVμ Vν = -(V0)2 + (V1)2 + (V2)2 + (V3)2

とかける。

[編集] 別の定義の方法

上の節ではミンコフスキー空間がベクトル空間として定義されたが,実四次元ベクトル空間上のアフィン空間として定義する流儀もある。こちらの視点に立てば,ミンコフスキー空間を、ローレンツ群を固定群とするようなポアンカレ群の等質空間だと考えることになる。エルランゲンプログラムも参照のこと。

[編集] ローレンツ変換

ミンコフスキー空間 Mからそれ自身への変換で、ミンコフスキー内積を保つようなものはローレンツ変換とよばれる。ローレンツ変換ローレンツ群、ポアンカレ群も参照のこと。

[編集] 因果構造

ミンコフスキー空間の元(4元ベクトル)はその(ミンコフスキー)内積の符号によって分類される。4元ベクトル V に関して、

  • ηabVaVb = VaVa < 0であるときV は 時間的 であるといわれる
  • ηabVaVb = VaVa > 0 であるときV は 空間的であるといわれる
  • ηabVaVb =VaVa = 0であるときV は ヌル的 (光的) であるといわれる

これらの用語は物理学における相対性理論でミンコフスキー空間が使われることからきている。ミンコフスキー空間内のヌルベクトル全体の集合は光錐を表している。これらの概念は指標系(標準基底の選択)によらずに定義されている。 ヌルベクトルについては、二つのヌルベクトルが(ミンコフスキー内積に関して)直交しているならばそれらは平行である、という性質がある。

時間の向き(標準基底のe0)が選ばれると、時間的バクトルやヌルベクトルを様々なクラスに分けることができる。時間的ベクトルについては

  1. 未来方向時間的 ベクトルは負の時間成分(V0)を持つ
  2. 過去方向時間的 ベクトルは正の時間成分を持つ

と分類でき、ヌルベクトルについては:

  1. ベクトル空間の零元としての零ベクトル(成分が(0,0,0,0)となる)
  2. 未来方向ヌルベクトルは負の時間成分をもつ
  3. 過去方向ヌル ベクトルは正の時間成分をもつ

と分類できる。空間的ベクトルとあわせて六つのクラスが考えられることになる。

ミンコフスキー空間の正規直交基底は必ず一つの時間的単位ベクトルと三つの空間的単位ベクトルからなっている。正規直交性を外した基底であればほかの組み合わせも可能になり、例えばすべてヌルベクトルからなるような(互いに直交していない)基底をとることができる。

[編集] 局所平坦時空

厳密にいえば,特殊相対性理論によってミンコフスキー空間をひろがりのある系を記述するために用いることができるのは重力がほとんど無視できる場合のニュートン極限に限られる。重力が無視できない場合には時空は歪み,特殊相対性理論の代わりに一般相対性理論を考えることが必要になる。

しかしながら,そのような場合でも(重力特異点でない)一点の周りの無限小の領域はミンコフスキー空間でうまく記述できる。抽象的にいえば,重力がある場合には時空はゆがんだ四次元の多様体となり、各点での接空間がミンコフスキー空間となっている、と言い表すことができる。したがってミンコフスキー空間の構造は一般相対性理論においても本質的な役割を果たすことになる。

重力を弱めていった極限では時空は平坦になり、局所的にのみならず大域的にもミンコフスキー空間と見なせるようになる。このことからミンコフスキー空間はしばしば平坦な時空とよばれている。

[編集] 歴史

ミンコフスキー空間の名前はドイツ数学者ヘルマン・ミンコフスキーにちなんだものである。ミンコフスキーは1907年ごろに、(アルバート・アインシュタインによって発展させれていた)特殊相対性理論が時間の次元と空間の三つの次元を組み合わせた四次元の時空を用いることで美しく説明されることを見いだした。

「空間と時間に関し私がここで展開したいと思っている視点は、実験物理学の土壌から芽生えたものであり,その力強さを内に持っている。この視点は革新的なものであり,これからは空間それ自身であるとか時間それ自身であるとかいったような概念は陰にすぎないところへと消え去っていくことになる。そしてこの両者を合わせたもののみが独立した実在としてあり続けることになる。」 – ヘルマン・ミンコフスキー、1908年

1890年代における双曲四元数の発展によりミンコフスキー空間への道が開かれることになった。実際のところ,数学的にはミンコフスキー空間とは双曲四元数の空間から乗法の情報を忘れて双線形形式

η(p,q) = −(pq* + (pq*)*)/2

(これは双曲四元数の積pq*によって定まる)のみを残したものと考えることができる。

[編集] 関連項目

[編集] 参照


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