ヒルベルトの無限ホテルのパラドックス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ヒルベルトの無限ホテルのパラドックス(ひるべるとのむげんほてるのぱらどっくす、Hilbert's paradox of the Grand Hotel)とは、集合論で無限集合を認めると、有限集合の場合と全く違った奇妙な事態が起こることを示すパラドックスで、ダフィット・ヒルベルトによって示された。論理的・数学的には正しいが、直観に反するという意味でのパラドックスである。
簡単のため、以下の記述においては、無限とは可算無限を意味するものとする。しかし、選択公理を仮定すれば、任意の無限集合は可算無限集合を部分集合に持つため、一般の無限の場合には少し議論を修正するだけでよい。
[編集] パラドックスの内容
客室が無限にあるホテルを考える(もちろん、現実にはありえないだろうが)。現実にある客室が有限のホテルの場合には、「満室である」ということと「もう1人も泊められない」ということは同値である。しかし「無限ホテル」ではそうはならない。無限ホテルが「満室である」としよう。この場合でも次のようにして新たな客を泊めることができる。客室数は無限とはいえ 1, 2, 3, … と番号を付けられる。客が1人来たら、1号室にいた客を2号室へ、2号室の客を3号室へ、3号室の客を4号室へ、…、n 号室の客を n + 1 号室へ、…と順番に移す。客室は無限にあるのだから誰もあぶれることはない。新たな客は1号室に泊めればよい。新たな客は1人どころか、複数でも、(可算)無限でもよい。例えば、1号室の客を2号室へ、2号室の客を4号室へ、3号室の客を6号室へ、…、n 号室の客を 2n 号室へ、…と移せば、1号室、3号室、5号室、…つまり奇数号室は空室になるから、無限の客を新たに泊めることができる。
さらに次のようなこともできる。それぞれに無限の乗客が乗った無限台の車がホテルに乗りつけたとする。この場合、まず奇数号室を上のようにして空け、1台目の乗客を 3n(n = 1, 2, 3, …)号室に、2台目の乗客を 5n(n = 1, 2, 3, …)号室に、…というふうに入れる。i 台目の乗客は pn(ここで p は i + 1 番目の素数)に入れればよい。この状況は直観では理解しにくい。
現実にある(2室以上ある)有限ホテルでは、当然奇数号室の数は全室数より少ないが、無限ホテルではそうではない。数学的には、全室からなる集合の基数(有限集合における要素の個数に当たる)は、その真部分集合である奇数号室すべての集合の基数と等しい。これは無限集合の特徴である。この可算無限集合の基数は (アレフ・ゼロ、アレフ・ヌル)と表される。
無限ホテルではもっと奇妙なことも起こる。このホテルは新規のタバコの持ち込みが禁止になっているとしよう。それでも客はタバコを持つことができるのだ。どうするかというと、1号室の客は2号室の客からタバコを1本もらう、2号室の客は3号室の客からタバコを2本もらう…。このようにしてすべての客がタバコを1本ずつ持つことができる。この行為には有限ホテルと違って「始まり」はない、つまり最初ホテルにタバコを「持ち込む」必要はないのだ。これらの結論には、全知全能の神を想わせるところがあるので、神の存在証明と結び付けて考えた人もいる。