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デイヴィッド・チャーマーズ - Wikipedia

デイヴィッド・チャーマーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

西洋哲学
現代哲学
名前: デイビッド・ジョン・チャーマーズ
生年月日: 1966年4月20日
学派: 分析哲学
研究分野: 心の哲学
特記すべき概念: 哲学的ゾンビ意識のハードプロブレム
影響を受けた人物: ダグラス・ホフスタッタークワインジョン・ホイーラー
影響を与えた人物: グレッグ・ローゼンバーグ、ジュリオ・トノーニ茂木健一郎
TASC 2008での発表の様子。
TASC 2008での発表の様子。

デイビッド・ジョン・チャーマーズ (David John Chalmers、1966年4月20日 - )は心の哲学の分野における指導的な哲学者で、2006年現在オーストラリア国立大学の哲学教授であり、同校の意識研究センターのディレクターを務めている。オーストラリアシドニー生まれ。

目次

[編集] 略歴

チャーマーズは1966年、オーストラリアのシドニーで生まれた。1982年、高校生のとき国際数学オリンピックで銅メダルを獲得。その後オーストラリアのアデレード大学に入学し、数学コンピュータ科学を学ぶ。卒業後はローズ奨学生としてイギリスのオックスフォード大学リンカーンカレッジに渡り数学を専攻する。しかし自身の興味の対象が数学から心の哲学に移り変わってきたことを実感し一念発起、アメリカにわたり専攻を変える。 すぐにインディアナ大学ブルーミントン校に入学し、ダグラス・ホフスタッターの指導のもと哲学・認知科学のPhDを取得。その後1993年から1995年までワシントン大学 (セントルイス)の"哲学-神経科学-心理学プログラム"(Philosophy-Neuroscience-Psychology program)の特別研究員、カリフォルニア大学サンタクルーズ校哲学教授、アリゾナ大学で哲学教授および同校の意識研究センターのディレクターを経て、 2004年からオーストラリア国立大学で哲学教授および同校の意識研究センターのディレクター。

[編集] 研究

この節ではチャーマーズの研究内容を順繰りに説明していく。当節の内容は基本的に彼の著書"The Conscious Mind"(邦訳「意識する心」)の要約である。

[編集] 哲学的ゾンビと想像可能性論法―唯物論の否定

詳細は哲学的ゾンビを参照

チャーマーズが好む思考実験の一つに、普通の人間と全く同じだが唯一、内面的な経験(クオリア)だけを欠いた哲学的ゾンビの話がある。彼はこの哲学的ゾンビの概念を用いて、ゾンビ論法または想像可能性論法と呼ばれる、唯物論を否定する論証、を行う。この論証は彼の立場の最も基礎的と言える部分に位置している。そのためチャーマーズを批判する研究者は、このゾンビ論法の部分に焦点をあわせて議論を展開していくことが多い。

[編集] 意識のハード・プロブレム―唯物論の否定がもたらすもの

詳細は意識のハード・プロブレムを参照

とはいえチャーマーズはゾンビ論法の結論、つまり唯物論の否定、を前提に話を進ていく。そして難しい問題に直面する。それは内面的な経験(現象的意識やクオリアと呼ばれるもの)とは一体何なのか、という問題である。この問題をチャーマーズは意識のハード・プロブレムと名づける。 意識のハード・プロブレムはチャーマーズが提唱した概念の中でも、最も有名なもののひとつとなっている、チャーマーズが初めてハード・プロブレムについて言及したのは1994年アメリカの学会での発表時である。その後 論文[1]と著書 "The Conscious Mind" (1996)[2]において更に議論を精錬されたものとしている。

1994年当時まだ駆け出しの研究者に過ぎなかったチャーマーズであったが、ハードプロブレムについての論文は大きい反響を呼び、ノーベル賞受賞者を含む多くの研究者から25もの論文が返答として寄せられた。この中にはダニエル・デネットコリン・マッギンフランシスコ・バレーラフランシス・クリックロジャー・ペンローズなどがおり、辛辣な意見も多かった。しかしチャーマーズはこれら著名な研究者らの指摘に対し、全て答えていくという形で、新しい論文を執筆する[3]。これら一連のやり取りは現在一冊の論文集にまとめられている[4]

意識のハード・プロブレムという言葉はこれら一連の論文やりとりを通じて、研究者の間に広く知られるようになり、それとともにチャーマーズ自身もハード・プロブレムという言葉の提唱者として業界で名を知られるようになった。

[編集] 物理学の拡張―ハードプロブレムに対するチャーマーズの解答

サンデータイムズ誌では「今年の最もすぐれていた科学書のひとつ」として"The Conscious Mind"(1995)を挙げている。 "The Conscious Mind"は物理学者の林一によって日本語に翻訳されている。(「意識する心」(2001)[5])この本のなかでチャーマーズは、意識に関する全ての物事を"現在の物理学"の範囲内の現象として説明してしまおうとする還元主義的な方法は、うまくいかない、と力説している。しかしながらこれは別に生気論神秘主義といった系統の主張ではなく、チャーマーズは現代の物理学は拡張されるべきだと主張しているのである。つまりマクスウェルがニュートン力学へ電荷と一揃いの方程式を加えて当時の物理学を拡張したように、内面的な心的体験(クオリアと呼ばれる)を、ひとつの実体(英:entity)として導入し、その振る舞いを記述する新しい法則を見つけるべきだ[6]、と。つまり意識体験を、質量エネルギー電荷スピンなどと並ぶ、他の何かには還元されない、基礎的な物理量のひとつとして扱っていくべきだ、と。そしてこの内面的な心的体験(クオリア)の振る舞いを記述する、探索すべき未知の自然法則のことを、チャーマーズは精神物理法則(英:Psychophysical law)と呼ぶ。

[編集] 情報のニ相理論―どのように新しい物理学を模索するのかの提案

チャーマーズの考える情報のニ相理論(double-aspect theory of information)。この世界の本質的な所には、ビット列のようなもので構成される抽象的な情報空間がまずあり、その情報空間が物理的性質と現象的性質という二つの性質を持つ、という考え。性質二元論の一種。
チャーマーズの考える情報のニ相理論(double-aspect theory of information)。この世界の本質的な所には、ビット列のようなもので構成される抽象的な情報空間がまずあり、その情報空間が物理的性質と現象的性質という二つの性質を持つ、という考え。性質二元論の一種。

とはいえ精神物理法則が具体的にどういったものなのかについては、チャーマーズ自身も何も答を見つけられていない。しかし、著書の中で「抽象的であるにせよ、精神物理法則はおおよそどのようなものでありそうか」を論じている[7]。この中でチャーマーズは、情報を中心に置いた中立一元論のような立場から精神物理法則を模索すべきでないかとしている。つまりビット列のようなもので構成された抽象的な情報空間がまずあり、そこから物理的状態および現象的状態が、それぞれ実現されているのではないか、という形而上学である。逆に言うと、「物理的な情報処理が実現されているところには、現象的意識もまた実現されているだろう」という考えである。この考え方の利点に一つは、情報空間が共通項として存在するため、物理状態と現象的状態の間で辻褄があっていても、現象報告のパラドックスが現れないことである。

[編集] 汎経験説―ニ相理論の必然的帰結

そしてこの考えを推し進める事によって汎経験説Panexperientialism)が得られる(単に汎心論と表現されることも多い)。汎経験説とは物理的な情報処理の実現がある所には、現象的な意識もまたある、という主張で、チャーマーズはサーモスタットにも、人間のもつそれより遥かに単純であるにせよ、現象的意識がある、と主張する[8]。これは一見かなり突飛な主張だが、精神物理法則を上のようなものとして考え、かつ「自然界の中で人間の脳は、取り立てて特別な何かではない」または「自然を統べる法則はすべての時・場所で共通である」という自然の斉一性を前提しさえすれば、当然の帰結として導かれる。しかし日常的な常識からの隔たりが大きいため、「その結果はあまりに常識に反する」といった形で批判される事が多い。

[編集] その他

  • チャーマーズは心の哲学に関する文献についての情報を二万点近く集めた文献情報サイトを運営している(MindPapers)。
  • チャーマーズは"Philo"、 "Consciousness and Cognition"、 "the Journal of Consciousness Studies"、 "Psyche"といった複数の論文誌で編集委員を務めている。
  • チャーマーズは1999年に製作されたアメリカのSF映画『マトリックス』に強い興味を持っており、ワーナーブラザーズ社のホームページで、映画の内容に関する詳細な哲学的論考を展開している 見る
  • チャーマーズは視覚的なクオリアの一例としてしばしば「奥行き」の感覚を挙げる。しかし意識体験に関する議論の文脈で奥行きの感覚を典型例として挙げる研究者はそう多くない。これにはちょっとしたエピソードがある。チャーマーズは幼少のころ一方の目の視力が非常に良く、逆にもう一方の目の視力は非常に弱かった。とりあえずは良い方の目のおかげで、世界はくっきり・はっきりと見えていたという。しかし10才のある日のこと、初めてメガネをかけてみた所、突如として世界が、格段に三次元になった、という。これは当時のチャーマーズにとっては神秘的に感じられたらしく、かつ今も彼の驚異 の源泉となっているという[9]
  • チャーマーズは長髪にヒゲ、ネイティブ・アメリカン達のモチーフが描かれたTシャツに黒の革ジャン、そしてジーパン、というラフなスタイルを好む。彼のサイトにあるギャラリーも参照のこと[1]
  • チャーマーズの理論に強い影響を受けたと考えられる人物の一人として、茂木健一郎がいる。茂木はクオリアの数学的表現を得ることを研究の中心課題として挙げており[2]、また著作中でも「意識に関するほんとうの科学」への想いをつづっていた(しかしながら現在の茂木は純粋な研究者としての活動よりもタレント的な活動へと重点がシフトしつつあり、今現在も上に書いたような研究を本当に続けているのかは定かではない)。

[編集] 脚注

  1. ^ Chalmers, David J. (1995) "Facing Up to the Problem of Consciousness". Journal of Consciousness Studies 2(3):pp. 200-219. pdf
  2. ^ Chalmers, David J. (1997). The Conscious Mind: In Search of a Fundamental Theory. Oxford University Press. ISBN 0-19-511789-1 or ISBN 0-19-510553-2
  3. ^ Chalmers, David J. (1997). "Moving Forward on the Problem of Consciousness". Journal of Consciousness Studies, 4, pp. 3--46. pdf
  4. ^ Explaining Consciousness: The Hard Problem (edited by Jonathan Shear), published by MIT Press (1997) ISBN 0-262-69221-X
  5. ^ デイヴィッド・J・チャーマーズ著, 林 一訳 『意識する心』 白揚社 (2001) ISBN 4-8269-0106-2
  6. ^ 『意識する心』(2001) pp.166-167
  7. ^ 『意識する心』(2001),「第8章 意識と情報-ある考察」pp.341-379
  8. ^ Chalmers, David J. (1994). "What is it like to be a thermostat? (Commentary on Dan Lloyd, "What is it like to be a net?")", APA commentary. 最終アクセス 2007年11月14日
  9. ^ 『意識する心』(2001) pp.27-28

[編集] 著作

[編集] 書籍

  • (1997) The Conscious Mind: In Search of a Fundamental Theory. Oxford University Press. ISBN 0-19-511789-1 or ISBN 0-19-510553-2
    • 邦訳 (2001) 『意識する心』 デイヴィッド・J・チャーマーズ著, 林 一訳 白揚社 ISBN 4-8269-0106-2
  • (1999) Toward a Science of Consciousness III: The Third Tucson Discussions and Debates. Stuart R. Hameroff, Alfred W. Kaszniak and David J. Chalmers (Editors). The MIT Press. ISBN 0-262-58181-7
  • (2002) Philosophy of Mind: Classical and Contemporary Readings. (Editor). Oxford University Press. ISBN 0-19-514581-Xor ISBN 0-19-514580-1

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウェブサイト
ラジオ
  • (ラジオ)Consciousness - ラジオ番組 Philosophy Talkのバックナンバー。2004年4月6日放送分。テーマは「意識」。4:40ごろから8:10ごろまでハメロフへのインタビューがあり、9:00ごろからチャーマーズが登場する。全54分05秒。
ビデオ


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