ギフチョウ
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?ギフチョウ | ||||||||||||||||||||||||||||||
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種の保全状態評価[1] | ||||||||||||||||||||||||||||||
絶滅危惧II類 (環境省レッドリスト) LOWER RISK - Near Threatened (IUCN Red List Ver.2.3 (1994)) |
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分類 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | ||||||||||||||||||||||||||||||
Luehdorfia japonica Leech, 1889 |
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和名 | ||||||||||||||||||||||||||||||
ギフチョウ(岐阜蝶) | ||||||||||||||||||||||||||||||
英名 | ||||||||||||||||||||||||||||||
Japanese Luehdorfia |
ギフチョウ(岐阜蝶・学名 Luehdorfia japonica)は、チョウ目・アゲハチョウ科・ウスバアゲハ亜科に分類されるチョウの一種。日本の本州の里山に生息するチョウで、成虫は春に発生する。近年、里山の放棄、開発などにより個体数の減少が著しい。
目次 |
[編集] 特徴
成虫の前翅長は3-3.5cm、開長は4.8-6.5cmほど。成虫の翅は黄白色と黒の縦じま模様で、後翅の外側には青や橙、赤色の斑紋が並ぶ。さらに後翅には尾状突起を持つ。近縁種のヒメギフチョウとよく似ているが、ギフチョウは前翅のいちばん外側に並ぶ黄白色の斑紋が、一番上の1つだけが内側にずれている。また、尾状突起が長く、先が丸いことなども区別点となる。
日本の固有種で、本州の秋田県南部から山口県中部にいたる26都府県(東京都・和歌山県では絶滅)に分布する。
和名は1883年(明治16年)4月24日、名和靖によって岐阜県郡上郡祖師野村(現下呂市)で採集されたことに由来する。なお国立国会図書館には1731年作とされるギフチョウ図が所蔵されているが、その当時は「錦蝶」と呼ばれていた。
下草の少ない落葉広葉樹林に生息し、成虫は年に1度だけ、3月下旬-6月中旬に発生する。ただし発生時期はその年の残雪の量に左右される。カタクリなどの花を訪れ吸蜜する。
幼虫の食草はウマノスズクサ科カンアオイ属のフタバアオイ(カモアオイ)やヒメカンアオイなどで、卵もこれらの食草に産みつけられる。真珠のような卵から孵化した幼虫は黒いケムシで、孵化後しばらくは集団生活をして育つ。4回脱皮した終齢幼虫は夏には成熟して地表に降り、落ち葉の下で蛹となる。蛹の期間が非常に長いのが特徴で、そのまま越冬して春まで蛹で過ごす。
[編集] 近縁種
[編集] ヒメギフチョウ
日本にはギフチョウの他にもう1種類 ヒメギフチョウ Luehdorfia puziloiが分布する。
ギフチョウによく似ているが、前翅のいちばん前方外側の黄白色の斑紋がずれず、他の斑紋と曲線をなしている。また、尾状突起が短く、先がとがっている。生育環境も、より冷涼な山地を好む。
中国東北部からシベリアにかけて広く分布し、日本では中部地方・関東地方の数県と東北地方、北海道に分布している。日本の個体群のうち、本州産のものは亜種 L. p. inexpecta 、北海道のものは亜種 L. p. yessoensis とされている。
幼虫はウマノスズクサ科のウスバサイシン、オクエゾサイシンなどを食草とする。
日本ではギフチョウとヒメギフチョウの分布が明確に分かれていることが知られており、この2種の分布境界線をリュードルフィアライン(ギフチョウ線)と呼ぶ。リュードルフィアとはギフチョウの属名 Luehdorfia である。
[編集] 日本国外
ギフチョウ属(Luehdorfia 属)のチョウは、シベリアから中国にかけても3種類が分布している。即ちそれはヒメギフチョウ L. puziloi、シナギフチョウ L. chinensis そしてオナガギフチョウ L. longicaudataである。
[編集] 保護と問題点
ギフチョウは、日本産のチョウの中でも特に保護活動が盛んに行われている種類である。自然保護団体が率先してギフチョウ保護に乗り出し、それをマスコミが煽り立てる構図で日本の春を席巻してきた。行政側も相乗りし、保護条例を盛んに作っている。自然保護キャンペーンや保護論者のシンボル的存在ともなっている。
ギフチョウは手付かずの原生林ではなく、人間が利用するために適度な下草が保たれる里山に多い。そのためいわゆる保護区では、利用されなくなった落葉広葉樹林の草刈りや枝打ち、落ち葉かきを行って、ギフチョウの生息環境を維持している。
保護区を設けて愛好者を締め出しておきながら、一方ではゴルフ場やスキー場・道路建設のために、環境を根こそぎ変えてしまうことが平然と行われているのも実状である。また、指定はしたものの看板一つ立てただけで他の保護対策は何一つ実施されていない場所もある。このような状況は他の生物保護についてもしばしば見られる問題である。通常、生物保護にはきめ細かく総合的・長期的な対策が必要なことが多いため、ひとり行政のみによる対策では予算・人手・知識などの不足から十全な保護が行えないのが一般的である。加えて宅地造成など、他の経済的事由により土地改変が行われることも多く、十分な保護対策には地元のボランティアや専門家、愛好者などによる保護活動への参画・モニタリング等が必要な場合も多い。
また、減少したギフチョウを増やすために他地域からの移入を行う事が企画される場合がある。しかしながら、この様な事が行なわれれば、メダカのような遺伝子汚染を起こすことになり、厳に慎むべきである。これも安易な考えに基づく生物保護活動に見られる大きな問題の一つである。
[編集] 参考
香川県の金刀比羅宮奥書院「菖蒲之間」の長押上張付には、京都絵師の重鎮であった岸岱(がんたい)によって描かれた「群蝶図」(天保十五年(1844年))があり、実に428頭ものチョウやガが描かれており、その中に四国に分布しないギフチョウも含まれている。この絵が描かれたのは、名和靖博士により採集されるより130年以上も前の江戸時代であるが、ギフチョウは里山のチョウであるため全く知られていなかったわけではないので驚くほどのことはない。絵の参考にしたのは、琴平在住の絵師で蝶収集家でもあった合葉文山(あいばぶんざん)の標本と写生とされており、本州などで採集したチョウやガがあったと考えられる。ただしこの中には実在しない渦巻状の模様を持つガも含まれるなど、フィクションもかなり入っている。
[編集] 脚注
- ^ Gimenez Dixon, M. 1996. Luehdorfia japonica. In: IUCN 2007. 2007 IUCN Red List of Threatened Species. Downloaded on 10 January 2008.
[編集] 関連項目
- 名和昆虫博物館 - 岐阜県岐阜市にあるギフチョウの再発見者(命名者)である昆虫学者名和靖が設立した昆虫博物館でギフチョウの飼育も行っている。
- 岐阜市科学館 - 岐阜県岐阜市にある科学館で、ギフチョウをテーマにした常設展示室「ギフチョウランド」がありギフチョウの生態等が学べる。
- スプリング・エフェメラル
[編集] 参考文献
- 猪又敏男編・解説、松本克臣写真 『蝶』 山と溪谷社〈新装版山溪フィールドブックス〉、2006年、ISBN 4-635-06062-4。
- 森上信夫・林将之 『昆虫の食草・食樹ハンドブック』 文一総合出版、2007年、ISBN 978-4-8299-0026-0。
[編集] 外部リンク
- タイスアゲハ族のページ(ぷてろんワールド)