エイドリアン・ベルトレ
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エイドリアン・ベルトレ Adrián Beltré シアトル・マリナーズ No.29 |
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基本情報 | |
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国籍 | ドミニカ共和国 |
出身地 | ドミニカ共和国サントドミンゴ |
生年月日 | 1979年4月7日(29歳) |
身長 体重 |
5' 11" =約180.3cm 220 lb =約99.8kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
守備位置 | 三塁手 |
プロ入り | 1994年 |
初出場 | 1998年6月24日 エンゼルス戦 |
年俸 | $13,400,000[1](2008年) |
経歴 | |
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エイドリアン・ペレス・ベルトレ(Adrián Perez Beltré , 1979年4月7日 - )は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身の野球選手。三塁手、右投右打。MLBシアトル・マリナーズに所属している。
目次 |
[編集] 経歴
1994年、当時16歳だったベルトレはロサンゼルス・ドジャースと契約、ドミニカリーグで18歳にして二冠王になるなど早々にその才能を示す。その後もマイナーリーグで攻守にわたり活躍を見せ、1998年に19歳でメジャー昇格を果たす。メジャー1年目の成績は77試合の出場で打率.215・7本塁打・22打点・13失策・守備率.925というものであった。この年のシーズンオフにドミニカのウィンターリーグに参加しMVPになる活躍を見せたベルトレは、翌年からドジャースの三塁を定位置として確保することになる。恵まれた体格、強烈なパワー、センス十分の打撃、加えて守備も上手く「バリー・ボンズに匹敵する才能の持ち主」ともいわれ[要出典]、球団フロントや地元ファン、マスコミは大きな期待を寄せた。しかし、いざシーズンに入ると152試合で打率.275・15本塁打・67打点と期待に沿う内容には遠く、さらに定評のあった守備でも29失策と不安定なものに終わってしまった。
2000年シーズンは打率.290・20本塁打・85打点を記録し、ファンにとっては物足りない数字ではあるものの本塁打は1つの大台に乗せ打率も3割が見えてきたため、周囲は来期の爆発に期待を寄せた。ところが2001年はケガに見舞われたこともあってか打率.265・13本塁打・60打点に終わると、その後も2002年は打率.257・21本塁打・75打点、2003年は打率.240・23本塁打・80打点と、なかなか才能を発揮できないどころか、守備でも一時期精彩を欠くなど苦難が続き、いつしか「未完の大器」と呼ばれるようになった。しかしそれでも監督以下関係者は潜在能力が高いと信じてまだ若いベルトレを使い続け、ファンも活躍する日が来ることを信じて見守った。
2004年、4月6日に史上36人目の25歳以下での100号本塁打を記録すると、年間で7度の複数本塁打、3本の満塁本塁打、インターリーグ1位タイの7本塁打、8月だけで13本塁打を打ち月間MVPになり、打率.334・48本塁打・121打点の活躍でドジャースの地区優勝に貢献した。ベルトレが記録した48本塁打は、三塁手としては1980年のマイク・シュミット(フィリーズ)に並ぶメジャータイ記録であった。また守備も安定し、ゴールドグラブ賞受賞はならなかったが、メジャー屈指の守備を誇る三塁手でこの年のゴールドグラブ賞受賞者であるスコット・ローレン(カージナルス)を上回る守備率を記録した。その後、オフにFAとなったベルトレは大物FA選手の一人として総額6,500万ドルの5年契約でシアトル・マリナーズへ移籍。不振が続くチームの救世主として期待された。
ところが、マリナーズ1年目の成績は156試合で打率.255・19本塁打と2003年以前の水準に逆戻り、チームも2年連続の最下位に終わってしまった。
2006年はシーズン前に開催されたワールド・ベースボール・クラシックのドミニカ共和国代表として活躍し、三塁手のベストナインに選出された。このためレギュラーシーズンでの活躍も期待されたが、またしてもファンの期待を裏切る低調な成績に終わってしまった。開幕時点では5番であったが、打撃不振に陥ってしまう。同じくリッチー・セクソンも打撃不振に陥っていたため、3番・6番と渡り歩き、最終的に2番に落ち着いた。オールスター後の68試合で、18本塁打・54打点と完全復調。結局、シーズントータルでは、3年連続の156試合に出場し、打率.268・25本塁打・89打点と前年を上回る成績をマーク。走塁面でもドジャース在籍時の2001年以来、5年ぶりの2桁盗塁となる11盗塁をマーク。また、守備に就いた155試合で15失策と、安定した守備を披露。ちなみに、この年、1試合(1イニング)だけ、メジャー昇格後、初めて二塁手としてプレーしているが、打球処理はしていない。
[編集] 選手としての特徴
- フルスイングでどんな球でも打ちにいくタイプの選手で、四球数が少ない。ただ、その傾向が顕著になり始めたのは2001年頃からで、本塁打王を獲った2004年だけは例外である。
- かつては三塁手としての評価は低かったが、経験を積むにつれ飛躍的に守備が上達する。特に肩の強さを活かした送球が素晴らしく、2007年にはゴールドグラブ賞を獲得。2007年の「ベースボールアメリカ」誌によるアリーグ選手部門別ランキングでは「守備の上手い三塁手」で2位、「肩の強い内野手」では1位の評価を受けた[2]。
- 2004年だけ成績が伸びた事についてステロイド(ドーピング)の助けを借りたものではないかという疑惑も浮上した。ベルトレ本人は「同年には既に薬物使用を取り締まる動きが加速していた」と主張し、マリナーズの監督であるマイク・ハーグローヴ(当時)も、ベルトレの薬物使用疑惑は否定した。
- 打席でハーフスイングをしたとき、ストライクになるかどうかを自ら一塁線審を指差しして確認を求める風変わりなクセを持つ。敵チームの捕手や球審よりも早く線審を指差すことも珍しくない。
- 主にポジションは三塁手だが、二塁手・遊撃手としての出場経験がある。
[編集] 年度別打撃成績
年度 | 球団 | 試合 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 | 盗塁 | 盗塁死 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 敬遠 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 長打率 | 出塁率 | OPS |
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1998 | LAD | 77 | 195 | 18 | 42 | 9 | 0 | 7 | 72 | 22 | 3 | 1 | 2 | 0 | 14 | 0 | 3 | 37 | 4 | .215 | .369 | .278 | .647 |
1999 | LAD | 152 | 538 | 84 | 148 | 27 | 5 | 15 | 230 | 67 | 18 | 7 | 4 | 5 | 61 | 12 | 6 | 105 | 4 | .275 | .428 | .352 | .780 |
2000 | LAD | 138 | 510 | 71 | 148 | 30 | 2 | 20 | 242 | 85 | 12 | 5 | 3 | 4 | 56 | 2 | 2 | 80 | 13 | .290 | .475 | .360 | .835 |
2001 | LAD | 126 | 475 | 59 | 126 | 22 | 4 | 13 | 195 | 60 | 13 | 4 | 2 | 5 | 28 | 1 | 5 | 82 | 9 | .265 | .411 | .310 | .721 |
2002 | LAD | 159 | 587 | 70 | 151 | 26 | 5 | 21 | 250 | 75 | 7 | 5 | 1 | 6 | 37 | 4 | 4 | 96 | 17 | .257 | .426 | .303 | .729 |
2003 | LAD | 158 | 559 | 50 | 134 | 30 | 2 | 23 | 237 | 80 | 2 | 2 | 1 | 6 | 37 | 4 | 5 | 103 | 13 | .240 | .424 | .290 | .714 |
2004 | LAD | 156 | 598 | 104 | 200 | 32 | 0 | 48 | 376 | 121 | 7 | 2 | 0 | 4 | 53 | 9 | 2 | 87 | 15 | .334 | .629 | .388 | 1.017 |
2005 | SEA | 156 | 603 | 69 | 154 | 36 | 1 | 19 | 249 | 87 | 3 | 1 | 0 | 4 | 38 | 6 | 5 | 108 | 15 | .255 | .413 | .303 | .716 |
2006 | SEA | 156 | 620 | 88 | 166 | 39 | 4 | 25 | 288 | 89 | 11 | 5 | 1 | 3 | 47 | 4 | 10 | 118 | 15 | .268 | .465 | .328 | .793 |
2007 | SEA | 149 | 595 | 87 | 164 | 41 | 2 | 26 | 287 | 99 | 14 | 2 | 0 | 4 | 38 | 2 | 2 | 104 | 18 | .276 | .482 | .319 | .801 |
通算 | 10年 | 1427 | 5280 | 700 | 1433 | 292 | 25 | 217 | 2426 | 785 | 90 | 34 | 14 | 41 | 409 | 44 | 44 | 920 | 123 | .271 | .459 | .327 | .786 |
※数字は2007年までのもの。太字はリーグ1位。
[編集] 獲得タイトル・記録
- 本塁打王 1回:2004年(48本)
- シルバースラッガー賞 1回:2004年(三塁手)
- ゴールドグラブ賞 1回:2007年(三塁手)
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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投手 | 43 ミゲル・バティスタ / 45 エリック・ベダード / 48 ロイ・コーコラン / 41 R.A.ディッキー / 31 ライアン・フィラーベンド / 65 アンダーソン・ガルシア / 54 ショーン・グリーン / 34 フェリックス・ヘルナンデス / 38 ジョン・フーバー / 62 シーザー・ヒメネス / 57 マーク・ロウ / 35 ブランドン・モロー / 59 エリック・オフラハティ / 20 J.J.プッツ / 53 アーサー・ローズ / 18 ライアン・ローランドスミス / 52 カルロス・シルバ / -- トレーシー・ソープ / 56 ジャロッド・ウォッシュバーン / -- ジャレッド・ウェルズ / 46 ショーン・ホワイト / 60 ジョセフ・ウォアマン |
捕手 | 15 ジェイミー・バーク / 2 城島健司 / 32 ロブ・ジョンソン |
内野手 | 29 エイドリアン・ベルトレ / 5 ユニエスキー・ベタンコート / 13 ミゲル・カイロ / 17 陳鏞基 / 39 ブライアン・ラヘアー / 4 ホセ・ロペス / 12 マイク・モース / 44 リッチー・セクソン |
外野手 | 50 ウラディミール・バレンティン / 16 ウィリー・ブルームクイスト / 28 ラウル・イバニェス / 8 ジェレミー・リード / 51 イチロー |
指名打者 | 9 ジェフ・クレメント / 3 ホセ・ビドロ |
監督・コーチ | 47 ジム・リグルマン(監督) / -- ホセ・カストロ(打撃コーチ) / 37 ノーム・チャールトン(ブルペンコーチ) / 22 サム・パラーゾ(三塁コーチ)/ 55 リー・エリア(ベンチコーチ) / 1 エディ・ロドリゲス(一塁コーチ) / 30 メル・ストットルマイヤー(投手コーチ) |
公式サイト(英語)より 40人ロースター 監督・コーチ一覧 2008年6月19日更新 |
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投手 | 15 サロモン・トーレス / 33 ホルヘ・ソーサ / 35 ダニエル・カブレラ / 38 ダマソ・マーテ / 40 バートロ・コローン / 41 フランシスコ・リリアーノ / 43 ミゲル・バティスタ / 47 ロビンソン・テヘダ / 51 ユーデ・ブリトー / 52 デュアネル・サンチェス / 53 フリアン・タバレス / 55 オダリス・ペレス / 56 フェルナンド・ロドニー |
捕手 | 15 フアン・ブリトー / 22 アルベルト・カスティーヨ / 31 ロニー・ポーリーノ |
内野手 | 2 プラシド・ポランコ / 5 アルバート・プホルス / 7 ペドロ・フェリス / 9 ホセ・レイエス / 10 ミゲル・テハダ / 20 ロニー・ベリアード / 29 エイドリアン・ベルトレ / 34 デビッド・オルティーズ |
外野手 | 4 ウィリー・タベラス / 18 モイゼス・アルー / 19 フアン・エンカルナシオン / 26 ウィリー・モー・ペーニャ / 27 ブラディミール・ゲレーロ |
監督・コーチ | 11 マニー・アクタ(監督) |